このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年10月29日

10月29日(金)晴

おまちかねのウィークエンド、今週もまた焼肉に行ってしまった。

1998年10月29日

10月29日(木)晴

フリューゲルスがマリノスに吸収合併されるらしい。Jリーグの人気不足に加え、現在の不況。今回は突然のニュースで驚いたが、こういうことがおきるのも当然かなとも思う。これから、連鎖的に似たようなケースが生まれる可能性は十分にあるのではなかろうか。

1997年10月29日

10月29日(水)晴

3ヶ月ぶりに床屋に行った。気分もリフレッシュだ。

1999年2月18日

2月18日(木)雨

昨夜、久しぶりに酒が飲みたくなりひとり酒を飲んだんだが、思わず深酒になってしまい、今朝方、トイレで大格闘を演じてしまった。う~ん、情けない。

夕方、ファミリーマートでチーズまんなるものを見つけ「おおっ」と思い頼んだら、最後の一個であったそのチーズまんを店員が落としてしまうし、なんだかツキのない一日だった。

1999年8月10日

8月10日(火)曇

今日の甲子園第一試合、新湊(富山)対小松(石川)はとんでもない逆転試合となった。新湊は0対5で迎えた9回、一挙5点を挙げ同点。そして延長11回に4点を上げ、見事な逆転勝ちを収めた。小松としては悪夢としかいいようがないだろう。

しかし、その小松高の中でさらに悪夢を味わっていた選手がいた。背番号16で登録されていた谷口選手である。なんとこともあろうにメンバー表へ記入する際に谷口選手と間違えて別の選手を書いてしまったのだ。谷口選手はかろうじてベンチ入りだけは認められたものの試合出場はもとより、コーチ、伝令としてさえも出ることが出来なかった。

すっかり忘れられていた小松高校・谷口君。せめて僕達だけでもしっかり覚えていてあげようではないか。

1998年10月10日

10月10日(土)晴

今日は、毎年恒例の名大祭秋祭のソフトボール大会第1日。和歌山からO川君も駆け付けた。そして、I貫の弟と弟の友達2人も・・・。この2人というのが、今夏の甲子園ベスト4のT田O谷のレギュラーである。こんなん呼んでええんじゃろか。こんなソフトボール大会に。2日前までは9人そろうかどうかだったというのに、すごいメンバーが集まってしまったもんだ。そして、あっさり今日の2試合は勝利。第2日は25日になる。しかし、T田O谷の2人は来れない。国体らしい・・・(^_^;)。

夜は飲んで麻雀して・・・。久しぶりに長い夜だった。

1998年8月22日

8月22日(土)晴

第80回全国高校野球選手権決勝、横浜高校が京都成章を3対0で破り、史上5校目の春夏連破を果たした。さらにエース松坂はノーヒットノーランという偉業を成し遂げた。準々決勝ではPL学園と延長17回の死闘、準決勝では0-6から明徳義塾を逆転サヨナラで打ち砕く。そして、今日の決勝・・・。こんな劇的なシナリオ、考えても思い付かない。1998年度横浜高校ナイン、忘れ得ぬチームとなりそうだ。夏の甲子園が終わると、一気に夏の終息を感じ始める。

今日は、俺にとってとても長い一日となった。実家に部屋のカギを忘れてきてしまい、しかも大家とも連絡が取れず、昨夜は大学の計算機室で一夜を過ごす。ところが、今朝になっても大家とは連絡が取れず。ゲーセンに行ったり、喫茶店で粘ったり、暇つぶしをしながら、大家と連絡が取れたのは、午後2時。昨夜の8時から自分の部屋の前で地団駄を踏むこと実に18時間。やっと、自分の部屋に入ることが出来た。そして、一時は代打策まで画策した合コンにも無事行ってきた。遠く岐阜まで行ったが、さして成果もないまま家に帰ってきたのは午前3時30分。本当に長~い1日だった。

1997年3月17日

3月17日(月)晴

夜9時から、ドラマ「バージンロード」の最終回を見た。10回強見てきたわけだけど、そのことを猛烈に後悔した。

どうして、死んだカオルが教会にいるんだよ。なに?「天使の仕業」?ふざけすぎだ。予告で、カオルが死んだという部分をやけに強調していたときから怪しいとは思っていたのだが、ここまでくっさ~い設定が待っていたとは・・・。

結局、この手のドラマは設定こそ違えど、筋は一緒ということを再確認させられた。そんなドラマで視聴率を荒稼ぎできちゃうのだから、めでたいもんだ。もう見ないぞ、月9は。明日の「踊る大捜査線」最終回には期待してるぞ!

1998年11月22日

11月22日(日)晴

今日も野球だ。今日は岐阜で草野球。昨日とは異なり、晴れて暖かかった。昨日の3試合がたたり、体中の筋肉という筋肉が張っていた。どうなることやらと思っていたが、サードの守備を無難にこなすことが出来た。打撃も相変わらず無難だったが・・・(涙)。しかし、1-4と逆転負け。これで、この草野球チームIの今年の全試合日程終了。そして、今年の俺の野球収めとなった。

来年からは就職の関係でこの草野球チームに参加できないので、自分にとってこのチームにおける最終試合となった。今年限りだったので、たいして長くいた訳ではないのだが、何か感慨深い。

もうすぐ大学を卒業し、おそらくこの地を離れる。ということで、この草野球チームのように、いろいろなことで「終わり」を迎える。「終わる」ということは、なにかにつけさびしいものだ。だが、この「終わる」ということに対する勇気は持たねばならない。何かを終わらせずに何かを始めることは難しいのだから。

1998年4月 1日

4月1日(水)雪

実家の富士吉田はなんとも寒かった。名古屋は桜が咲いていたというのに。今日は雪が降った。それほど積もらなかったがそれでも数cmは降ったようだ。

昼間、姉貴が由梨を連れて遊びに来た。去年の12月30日に産まれたのだがだいぶ大きくなっていた。