このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年4月26日

4月26日(月)曇

今日は10日の土曜日に出社した際の代休。藤沢駅周辺でいろいろ買い物した。

1998年4月26日

4月26日(日)晴

の4月から社会人になったH房から電話があった。今度、ゴールデンウィークに会うことになっているが、いろいろと就職に関して聞けそうだ。それにしても、1年後、俺はどこにいるんだろう。

1997年4月26日

4月26日(土)晴

日はなんもなし。久しぶりに睡眠しまくった。昼過ぎ起きた後はFFⅦやってた。

1999年7月12日

7月12日(月)曇

最近、昼休みに課の人とキャッチボールなんぞをやっているが、今日の昼は蒸し暑かった。じっとり汗をかいてしまった。今週の土曜から名古屋へ行く予定だが、名古屋はさぞ蒸し暑いんじゃろな。この時期に名古屋に行くなんぞとても自殺行為な気がしてきた。

1998年2月24日

2月24日(火)雨

なんもなし。

1998年8月12日

8月12日(水)雨

んもなし。

1997年9月27日

9月27日(土)曇

明日は神宮周辺が熱い。今日現在、ヤクルトがマジック1。明日の神宮での阪神戦で優勝が決まりそうである。そして、お隣の国立競技場ではWカップ最終予選の日韓戦。さらに、昼間の神宮では東京六大学野球の慶応・高橋が田淵の本塁打記録を塗り替えるかという注目がある。明日の神宮周辺には注目だ。名古屋在住の人間にとっては、神宮と国立が隣なんちゅうことは関係ないが。しかし、ヤクルト優勝、日本快勝、高橋記録更新なんていうのが重なったらスポーツ新聞は大変だ。

深夜、「(ハル)」という映画をビデオで観た。95年の邦画だ。パソコン通信からはじまるラブストーリー(?)なのだが、こんなことあるかいなと思いつつ、いい映画だった。全体を通して、これでもかというほど字幕が多用され、そして静かな映画だった。ラストシーンの字幕にはしびれた。なんとも余韻が大きい映画だった。一見の価値はあると思う。観る際には部屋の電気を消して静かな環境を確保しましょう。

1998年8月20日

8月20日(木)晴

子園準々決勝第1試合、横浜対PL学園。春の準決勝にもあったこの対決、その時は横浜が逆転勝ちで勝っている。事実上の決勝戦と思われる対決。朝8時30分からの試合であったが、早起き(?)して観戦した。この試合は想像を越える、そして球史に残る好ゲームとなった・・・。

横  浜 000 220 010 010 000 12=9
PL学園 030 100 100 010 000 10=7
	(延長17回)
両チーム一進一退の試合となった。3時間37分の死闘。試合が終わると観戦している俺までも熱いものが込み上げた。横浜の春夏連覇説が大いにささやかれる中、ベスト8敗退説を戦前から唱えていたが、脱帽だ。もうこりゃ連覇でしょ。しかし、横浜エース・松坂は17回を投げ抜き250球を投じた。それだけが不安材料。

1999年10月18日

10月18日(月)

なんもなし。

2001年4月19日

4月19日(木)晴

今日のスポーツ紙からイチローのコメント。
「米国で野球をする楽しみ?それは僕にとってファンの声援でもあるんです。こっちのファンは厳しくもあり、野球をよく知っていますから。目が肥えているというか・・・。こんな経験は今までした事がないし、新鮮な喜びを感じています。」
「こっちのファンは厳しくもあり、野球をよく知っていますから。」というくだりがまさにイチローの気持ちを表している。ただ騒がしい日本の球場に比べ、メジャーの球場は一投一打に生き生きとした反応がある。またそんな活きた観客の目がまた選手を育てるのではなかろうか。
今日、イチローは本塁打でマリナーズ新人記録の13試合連続安打を記録した。観客はスタンディングオベイションで称賛する。もちろんそこに太鼓だのトランペットの音は響かない。