このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年4月 2日

4月2日(金)曇

研修初日。なんと驚いた事件が発生した。研修のクラスに高校の時の部の後輩がいた。世間は狭いものだ。一日中、講義を聞かされ眠かった。

1998年4月 2日

4月2日(木)曇

い。外に出る気にならない。一日サターンをして過ごした。

1997年4月 2日

4月2日(水)曇のち雨

今日も、野球部の試合に行ってきた。一応、引退した身だが、これで、この春6試合目のベンチ入りだ。しかし、ある意味余裕を持って野球ができるので楽しいといえば楽しいのである。

試合の方は、中京大に0-1で敗れた。スコアこそ接戦だが、ほとんど手も足も出ない0点だった。ただ唯一最終回、T田の右中間への長打により、ホームでのクロスプレーがあった。K光の足がもっとはやければ同点だったのだが・・・。エキサイティングな最後だった。

1999年3月26日

3月26日(金)雨

なんとか引越しの荷物の搬出が終った。しかし、荷造りは徹夜でするものじゃないな。途中、何度ブルーになったことか・・・。

夜はS木、H野と焼肉に行き、ボウリングをして、カラオケに行った。途中からM田さんも加わった。名古屋で過ごす最後の夜はなかなか充実した。最後、S木に握手を求められた。アツい男だ。

1998年1月25日

1月25日(日)晴

実験のレポートがやっと完成。これで、水曜からの試験に集中できる。(やらなければならない課題が残っている気もするが・・・)

ところで、今日は昼、3ヶ月ぶりに床屋に行った。ちょっと、リフレッシュだ。

1998年12月 1日

12月1日(火)曇

日、急遽バイトがキャンセルになり暇になったので、「踊る大捜査線 THE MOVIE」を観てきた。感想としては良かった。さすがは、このところ、映画ランキング1位を走っているだけはある。ただ、テレビの伏線により良かったと思うところは多分にあり、テレビ版を観てない人が観て果たして同じような感想を持つかどうかは疑問ではある。あらかじめ、予習は必要かもしれない。

1998年6月26日

6月26日(金)曇

勝トーナメント進出の望みは消えていた日本ではあったが、最終戦ジャマイカ戦があった。楽観的な意見が多かったジャマイカ戦ではあったが結果は1対2の負けだった。結局、日本は予選リーグ3敗。得点こそ最終戦で呂比須-中山のベテランコンビでかろうじて得点は挙げたものの勝ち点は挙げられなかった。

今日は終幕したワールドカップフランス大会における日本を総括したいと思う。技術的な面、選手起用などは私が言えるような身分でもないのでとりあえず割愛。

よって精神的な面による総括となるが、はっきり言って日本はモチベーションが不足しすぎていた。明らかに、アルゼンチン、クロアチア、そしてジャマイカさえ終わってみると格上であった。しかし、目に入ってくる日本代表の姿はアジア予選、さらにはJリーグのおけるその姿とさして変わらなかった。負けているのに、城を中心に中田など笑顔を浮かべていた。そんなクールさはワールドカップでは通用する訳もなかった。

そして、岡田監督が当初言っていた「1勝1敗1分」。確かに妥当ではあるが、人間は楽な方向に進んでしまう生き物。目標は70~80%しか達成出来ないという説もある。そんなアホな~と言われながらも「3勝」と言っておくべきではなかっただろうか。

さらに、現在の日本代表のスタッフの問題。確かに有能な人材が集まっていたのかもしれないが、なにぶん、日本は初出場。ワールドカップに対する経験のあるスタッフが欲しかった。例えば、ジーコとか。アジア予選の危機を回避させワールドカップ進出へと導いた岡田監督ではあったが、所詮、まだ代行監督でしかなかったのかもしれない。

名良橋は大会前、「チーム(鹿島)のメンバーには悪いが、ワールドカップで全てを燃やしつくしたい」というようなコメントを残している。まさに、全員が最初から、この意気で臨むべきだっただろう。

ジャマイカ戦、0対2となってから得点を取ろうと選手が全員いきいきと動き出した。そして、次々と決定的なチャンスを奪った。アルゼンチン戦から通じてずっと椅子に座ってどっかり観戦していた私だったが、テレビの前まで乗り出して熱狂した。ついに、中山がワールドカップ日本初得点!。「鮮やか!」ではなかったが気持ちが入った実に素晴らしいシュートだった。

終盤、ワールドカップ初出場した期待の若手・小野も実にいい働きをした。平野も結構良かった。

2002年に楽しみな人材も出てきた。精神的な面、決定力不足(シュートはワクにおさめましょう!)など課題もしっかり露呈された。

最後。中継で「岡田、腹切って詫びろ」とヤジっていた福岡のたわけボケ! じゃあ、お前だったら何が出来るんだ? 勘違い野郎な福岡の君には、雑魚(ザコと読むんだよ)認定書とカス認定書をダブルで送ろう。

1998年1月11日

1月11日(日)雨

夜からの新春テツマンのために昼間寝た(訳わからんが)。その甲斐あってか、今夜は好調だった。5半荘やってめでたくトップ。うーむ、トップを味わうのは実に久しぶりだ。おまけに、四暗刻単騎までテンパった。あがりたかった(まああがれなけりゃ話にならないんだけど)。いい1年がおくれそうだ。

1998年9月 8日

9月8日(火)晴

グワイアが日本時間の今朝方、大リーグ年間本塁打記録のタイ記録に並ぶ61号を放った。もう新記録誕生は時間の問題で、明日にも新記録が誕生する。今季、ことごとく本塁打記録を塗り替えたマグワイア。そのホームランボールにも当然、ものすごい値打ちがつくと言われていて、新記録の62号のホームランボールは100万ドルの値打ちがあるとまで言われている。そんな中、今日のホームランボールを拾った青年や、先日のリーグ記録のホームランボールを拾った少年は、ホームランボールをマグワイア本人にプレゼントしている。いい話だ。62号のホームランボールを拾った人もマグワイアの功績を金に替えるような行為はしてくれるなと願いたい。

1997年1月21日

1月21日(火)晴のち曇、夜から雪

 今日は、メチャメチャ風が強く寒い一日だった。夕方6時から塾のバイトがあったのだが、約30分、強い北風を顔面に受けながら自転車をひた走らせながら、何度もう帰ろうと思ったことか。夜10時頃からは雪が降り出した。