このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年9月15日

9月15日(水)

同期で集まって野球をやった。久々の野球だったがやっぱ野球はおもろいね。

夜は野球のオリンピック予選「日本対台湾」。試合は息詰まる投手戦となり、9回、日本がサヨナラ勝ちした。思わず、家でこぶしをあげてしまった。しかし、松坂はいい投手だ。

1998年9月15日

9月15日(火)雨

日は午後から大学の図書館で試験勉強。ところで、いつも中央図書館で気になるがある。それは閉館を知らせるアナウンス。「あと30分で閉館します。」なぜ、「閉館します」でなく「閉館にします」なのだろう。「閉館します」の方が7音でリズムがいいのに。まあどうでもいいことではある。

1997年9月15日

9月15日(月)曇

明日の試験勉強を慌ててやったが、全然やりきれなかった。この連休でだらけてしまったのが痛い。

1998年11月18日

11月18日(水)曇

日の研究中間発表のため、昨晩は徹夜。朝方(?)のしし座流星群を大学の屋上で見物した。2時頃、2個ほど生まれて始めて流れ星を確認した。ただ、残念ながら流星「群」とはいかなかった。しかし、寒かった。

中間発表はそれなりに、つつがなく終わった。

1997年12月 7日

12月7日(日)曇

昨夜は、S須の家に泊った。小学校から一緒のS須であるが、小・中の頃の話で盛り上がった。そんな彼も今夜から入院。今度の金曜にも手術をする。がっばってくれ。

1996年12月13日

12月13日(金)晴

 夕方から、合コンが予定されていたが、昨夜中止の連絡が入った。そのため、今日の予定は全く白紙。疲れもピークに達しつつあったので、バイトから帰ってきて朝9時から夜10時頃まで、心置きなく眠りにつく。

 それからは、レポートがあったので、大学の計算機室で夜をすごす。

1997年11月 1日

11月1日(土)晴

Wカップ最終予選「日本 対 韓国」。すでにWカップ出場を決めモチベーション低めの韓国相手とは言え、日本はいい形の試合をして2対0で勝った。今日の日本は前線でのプレスが良く効いていた。をを、これはゾーンプレスってやつですか?(良く知らんけど。間違ってたら忠告ヨロシク→S木君)これで、UAEにもプレッシャーを与えられるってもんだ。

しか~し。カズ君が2枚目のイエローカードをゲット。次の試合、出場停止。これだけなら、まいっかとも思ったが、ロ、ロ、ロペス君まで・・・。カザフスタン戦やばいっす。そのうえ、韓国には是非ともUAEに勝ってもらわなければならないのに接触プレーでエース(名前忘れた)を鼻骨骨折させちゃった。あちゃ~。明日、ウズベキスタンに負けてくれないかなあ、UAE。

1998年11月 9日

11月9日(月)曇

、研究室にA井君がプレステを持ってきているんだが、その「パワプロ」にハマっている。今日も、K田と朝方までパワプロに励んでしまった。

1998年6月 8日

6月8日(月)晴

んか夜に、どうしようもなく許せないことを思い出して、あまりに昔のことではあるが、キーボードを叩いてみることとした。それは11年前・・・。

それは、少年野球の校区大会のことだった。1回戦、我が竜ヶ丘はガチガチの優勝候補旭町と運悪く激突。案の定、1対6の劣勢であったが、私の満塁本塁打(悲しいことにこんなことはこの時以来ない)などで奇跡の逆転勝ち、死闘を7対6の勝利でおさめた。間違いなくこの時点で我がチームが優勝候補の1番手に成り上がった訳だが・・・。

次の試合は、なんと10分後。今、考えれば、んなアホなということだが、それがまかりとおっていた(現在、どういう状況で行われているかは知らない)。しかも、相手の幸町は不戦勝でそれが1戦目である。結果は0対15の惨敗。この結果はあたりまえの結果だ。2試合も連続で実力を発揮できるほど、小学生に体力があるはずがない。当時投手だった俺は、半泣きしながら連投したのを覚えている(しかも、当時好きだった女の子が見てたんだなこれが)。

この話は小6の時の話だが、小5の時も似たような状況で決勝で敗れ準優勝に終わっている。ふと、今夜、思い出した話だが、今でも思い出すと悔しくなるエピソードである。

1997年4月 5日

4月5日(土)雨

今日は、個人的に早朝野球の試合、軟式野球部の試合とWヘッダーが組み込まれていたが、残念ながら雨模様。一日、家でなにをするともなく過ごすことになった。

昼は甲子園を見ていたのだが、やはり甲子園も雨で、とんでもない状況でやっていた。負けて最後、甲子園の土を持って帰る選手たちもほとんど甲子園の土でなく、甲子園の泥といった方が良かっただろう。それにしても、久々に愛知の古豪、中京がベスト4へ進んだ。注目だ。