このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.
記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.
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夜は野球のオリンピック予選「日本対台湾」。試合は息詰まる投手戦となり、9回、日本がサヨナラ勝ちした。思わず、家でこぶしをあげてしまった。しかし、松坂はいい投手だ。
中間発表はそれなりに、つつがなく終わった。
それからは、レポートがあったので、大学の計算機室で夜をすごす。
しか~し。カズ君が2枚目のイエローカードをゲット。次の試合、出場停止。これだけなら、まいっかとも思ったが、ロ、ロ、ロペス君まで・・・。カザフスタン戦やばいっす。そのうえ、韓国には是非ともUAEに勝ってもらわなければならないのに接触プレーでエース(名前忘れた)を鼻骨骨折させちゃった。あちゃ~。明日、ウズベキスタンに負けてくれないかなあ、UAE。
それは、少年野球の校区大会のことだった。1回戦、我が竜ヶ丘はガチガチの優勝候補旭町と運悪く激突。案の定、1対6の劣勢であったが、私の満塁本塁打(悲しいことにこんなことはこの時以来ない)などで奇跡の逆転勝ち、死闘を7対6の勝利でおさめた。間違いなくこの時点で我がチームが優勝候補の1番手に成り上がった訳だが・・・。
次の試合は、なんと10分後。今、考えれば、んなアホなということだが、それがまかりとおっていた(現在、どういう状況で行われているかは知らない)。しかも、相手の幸町は不戦勝でそれが1戦目である。結果は0対15の惨敗。この結果はあたりまえの結果だ。2試合も連続で実力を発揮できるほど、小学生に体力があるはずがない。当時投手だった俺は、半泣きしながら連投したのを覚えている(しかも、当時好きだった女の子が見てたんだなこれが)。
この話は小6の時の話だが、小5の時も似たような状況で決勝で敗れ準優勝に終わっている。ふと、今夜、思い出した話だが、今でも思い出すと悔しくなるエピソードである。
昼は甲子園を見ていたのだが、やはり甲子園も雨で、とんでもない状況でやっていた。負けて最後、甲子園の土を持って帰る選手たちもほとんど甲子園の土でなく、甲子園の泥といった方が良かっただろう。それにしても、久々に愛知の古豪、中京がベスト4へ進んだ。注目だ。