このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年8月22日

8月22日(日)晴

朝から実家の隣に住む兄貴の息子に起こされた。半日、おい達と遊んだ。さすがにくたびれた。昼過ぎから藤沢への帰途につく。どうせ、どこを行っても混むと思って山道(国道413)を進む。やはり混んではいたが、自然がいっぱいで退屈はそんなにしなかった。でもやっぱりくたびれた。明日から会社か・・・。9日間も休んじまうとなんか行く気がしないなあ。

1998年8月22日

8月22日(土)晴

80回全国高校野球選手権決勝、横浜高校が京都成章を3対0で破り、史上5校目の春夏連破を果たした。さらにエース松坂はノーヒットノーランという偉業を成し遂げた。準々決勝ではPL学園と延長17回の死闘、準決勝では0-6から明徳義塾を逆転サヨナラで打ち砕く。そして、今日の決勝・・・。こんな劇的なシナリオ、考えても思い付かない。1998年度横浜高校ナイン、忘れ得ぬチームとなりそうだ。夏の甲子園が終わると、一気に夏の終息を感じ始める。

今日は、俺にとってとても長い一日となった。実家に部屋のカギを忘れてきてしまい、しかも大家とも連絡が取れず、昨夜は大学の計算機室で一夜を過ごす。ところが、今朝になっても大家とは連絡が取れず。ゲーセンに行ったり、喫茶店で粘ったり、暇つぶしをしながら、大家と連絡が取れたのは、午後2時。昨夜の8時から自分の部屋の前で地団駄を踏むこと実に18時間。やっと、自分の部屋に入ることが出来た。そして、一時は代打策まで画策した合コンにも無事行ってきた。遠く岐阜まで行ったが、さして成果もないまま家に帰ってきたのは午前3時30分。本当に長~い1日だった。

1997年8月22日

8月22日(金)晴

軟式野球部の秋季リーグがはじまった。7番サードで出場。自分は打撃面は今好調で今日も3打数1安打。凡退でも内容はなかなかいい。しかし、その他の面では全くいいところがない。記録上の失策だけでも2個。チームもミス続出でコールド負け。アクがでまくった感じだ。こういう試合は反省すべき所は反省して忘れてしまおう。

1998年12月 4日

12月4日(金)晴

グッドウィルハンティング」をビデオで見た。いろいろなメッセージを含んだいい映画だった。

1998年3月 1日

3月1日(日)晴

3月になりいよいよ春到来という気分でいたのに、昼間外に出ると猛烈な北風。まだまだ寒い。

1998年12月 3日

12月3日(木)曇

イエーのスパイ疑惑事件を受けてではないだろうが、高野連が動いた。以下asahi.comからの抜粋。
高野連、「サインのぞき」の禁止を通達へ
 日本高校野球連盟は3日、大阪市内で常任理事会などを開き、二塁走者や一、三塁コーチが捕手のサインを見て、打者に球種やコースを伝える行為を禁止する方針を決めた。4日に開く全国理事会での審議を経て、同日付で加盟校に通達する予定。

 同連盟では、国際大会で相手国からマナー上の問題として指摘された経験などがあることから、これまで技術振興委員会などで議論を重ねていた。この日の会議でも、「サインをのぞく行為はフェアプレー精神に反する」との意見で一致。加盟校に指導の形で、通達することになった。

 同連盟の田名部和裕事務局長は「二塁走者がサインをのぞく行為は以前から気になっていた。相手のくせや動きによって『読む』行為とは根本的に違う。指導を徹底するための具体策については、さらに検討していきたい」と話している。

この記事を見て、野球をやってきた人であれば、多少の驚きを感じることだろう。日本においては、ある程度のレベル以上では、二塁走者が打者へコースなどを伝えるのは常識に近いからだ。そういう野球を常識として受け取ってきた私は、先日のダイエーの疑惑は選手以外がサインのぞきに関わっている点からモラルに反すると感じたが、この今回の高野連の見解は素直には受け入れがたい。しかし一方で「サインをのぞく行為はフェアプレー精神に反する」という意見も言われれば受け取れなくもない。野球は、これからもっともっと国際的になっていくスポーツ。だからこそ、この方向性は「野球」を「Baseball」に近づけていくために必要なことなのかもしれない。これからは注意しなければ・・・。

1998年9月18日

9月18日(金)曇

日、元X-Japanのトシの洗脳問題がワイドショーをにぎわせている。で、今日のビッグトゥディには問題のセミナーのトレーナのマサヤなる人物がトシとともに登場した。ま、当然ながらつっこまれまくったわけだが、なんかよくわからない憶測でつっこまれたりもしていた。そのマサヤなる人物を弁護する気など毛頭ないわけだが、その報道にはだいぶ公平さを欠いていたように思う。番組全体がセミナーつぶしに完全にかかっていた。あれでは、視聴者の大部分は公平に物事を理解しないうちに「セミナー=悪」という図式になってしまうだろうな。

この問題は「洗脳」が問題になっているわけだが、マスコミによる「洗脳」にも注意したいものだ。

1997年1月11日

1月11日(土)晴

 夜、実家の山梨のおみやげのほうとう(山梨の名物でうどんの一種)を食う会が、N島、F津と3人で取り行なわれた。買い物に行くのが面倒臭いという理由でほうとうの具は餅だけという貧相なほうとうであったが、うまかった。

 その後、12時をすぎた頃から徹夜ビリヤードをしたが、めずらしく今日は勝った。しかし風邪が悪化、嫌な感じの咳が止らなくなった。

1999年1月18日

1月18日(月)晴

今日のスポーツ新聞の一面は野村監督のコミッショナー批判であった。なんでも、コミッショナーはダイエースパイ疑惑に絡み、ネット裏のスコアラーとベンチをつなぐ伝達役、通称・ハトの禁止を訴えていて、それに対するものだという。

この件に関し、私は野村監督側につきたい。今回、ダイエーの疑惑などで問題になったサインのぞきは「未来」のことを盗む行為であり、「スパイ行為」といわれても仕方がないだろう。一方、今回禁止になりかけてる行為は配球表などの「過去」の情報を集める行為であり、情報収集の範疇なのではないだろうか。

配球を研究するという行為はちょっとしたアマチュアレベルでも行うことであり、この「ハト」を禁止したところでなくなることはない。その仕事はベンチ入りする選手・コーチらに振替えられるだけで、彼らに余計な負担がかかるだけだ。

1998年2月26日

2月26日(木)曇

寝た。泥のように寝た。前夜12時から今日の夕方5時まで17時間。家庭教師のバイトがなければまだまだ寝ていただろう。こんなことができるのも学生のうちだけだろう。