このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

2001年2月16日

2月16日(金)晴

ひたすら飲んでひたすら吐いた。特に理由はないが、たまにはこんな日があってもいいのではないだろうか。



1999年2月16日

2月16日(火)晴

今日は暖かい一日だった。近頃の天候はまさしく「三寒四温」といった感じ。春が待ち焦がれる。

1998年2月16日

2月16日(月)晴

昨日の酒で一日胃が気持ち悪かった。にしても、酒の次の日のみそ汁はなにゆえこんなにうまいんだろう。絶品だ。

1997年2月16日

2月16日(日)晴

 んと、昨日に続き今日も、ホームページ紹介のお願いのメールがある別の出版社の方から届いていた。そんな大したページを作っている気はないのだけど、驚きだ。半分、遊びで作っていたホームページだが、なんかやめるにやめられないことになってきた(特にやめる気もなかったけど)。

1997年12月28日

12月28日(日)晴

悪友N島、F津、E島らと忘年会テツマンに興じた。今回は実に久しぶりに勝った(涙)。いい年末を迎えられそうだ。29日は午前中、塾講を2時間やった後、実家に帰省する予定。ということで、年内の日記の更新はこれが最後となる。というわけで、良いお年を。

1998年11月13日

11月13日(金)曇

、S木、H野、H野のカノジョのM田さんらと遊んだ。最初は、相変わらずすいている文明館で飲んだ。それにしても、いつのまにか今年も鍋や日本酒がうまい時期になったものだ。その後は、朝までカラオケに勤しんだのだった。しかし、M田さんはかわいくていい子だ(やや誉め殺しモード)。やるね、H野君。

1997年2月 3日

2月3日(月)曇

 今日も、何をするでもなく、家にいた。1週間後にテストがある。そろそろ、テスト勉強を始めなければとはおもうのだが・・・。

1999年7月14日

7月14日(水)雨

コミュニケーション力の欠如がいかに怖いか思い知らされた。東芝社員のユーザへの暴言がWebで公開され1ヶ月で144万ものアクセス数を記録したというのだ(週刊アスキー7月28日号p.8より)。でそのサイト(http://member.nifty.ne.jp/AKKY/)を見てみた。週刊アスキーには7月8日現在、144万ヒットと書いてあったが、雑誌にカラーででかでかと載った効果であろう、ヒット数は実に333万になっていた。サイトには東芝の社員の暴言電話の音声ファイルも・・・。東芝の小沢さん、強烈にののしってます。気の弱そうな声のユーザを甘く見てたんだろうね。「屁理屈ばかり言うな」「業務妨害だ」、メチャメチャ言ってます。ああ、やっちゃったね。録音されてるとは思わなかったんだろうね。その上、何百万単位の人の前にさらされるとは・・・。ああ、このオッサンの行く末は・・・。

一方、東芝は自社ホームページ上(http://www.toshiba.co.jp/video/)で はこの件に関する公式発表が公開されている。必死に弁解してます。「事情をご存知ない一般のお客様に誤解を招きかねない状況にあることにつきましては、残念に存じております」と東芝側。まあもちろん細かい実際の事情は第三者の我々が測り知るところでない。しかし、誤解を招きかねない状況を残念に存じる前に、ああいう応対をするオッサンが社員にいる(いた?)ことを残念に存じるべきであろう。

1997年11月16日

11月16日(日)晴

やったああああ、つ、ついに日本サッカーがワールドカップに出場だあ!!!正直、俺がこのことにこんなにも喜ぶとは思わなかったが、N島、F津、E原らの悪友とともに、肩を抱き合って喜び合った。うおう。うれしい!!!

しかし、このイラン戦。日本がワールドカップ初出場を決めたのみならず、いろいろな意味を持つ試合となった。今まで、数年の間、日本のエースとしてフル出場していたカズの途中交代。そして、その時点で1-2と負けていた日本は代わった城の同点ゴール。そして、延長後半でやっとこさ決まった、やはり途中出場の岡野のVゴール。カズはいなくとも十分な試合運びをした。

カズの時代は終わったのだろう。貴乃花に負けた千代の富士に似たものがある。そして、時代は中田中心の時代へ?!

とにもかくにもこの試合、岡田監督の采配はズバリと決まっていた。岡田監督はやはり名監督なのだろうか。それとも、ただの幸運か。人材起用を的確に捉えていることだけは確かだろう。

う~ん、良かった。ワールドカップでもどうぞ頑張ってくれ(正直そっちの方はどうでもいい)。

1999年7月 8日

7月8日(木)晴

これだから野球は面白い。会社から家に戻ること9時過ぎ。BSで阪神対ヤクルト戦を観た。イニングはすでに9回裏で6対2、ヤクルトの4点リード。ゲームの焦点は専ら、ここまで14奪三振を奪っている石井一久の奪三振だった。

しかし、矢野四球、ブロワーズヒットで無死一、三塁となって、さらにつづく八木の平凡なファウルフライを古田とペタジーニが交錯する形で落球。

経験上、ファーストがファウルフライを落としたとき、その後、丸く収まることはない。今日も例外ではなかった。結局、八木は四球で無死満塁。新庄が2点タイムリーで2点差になると、一死ニ、三塁から代打ジョンソンがサヨナラホームランだ。一挙に5点を挙げてのサヨナラ劇。野球の醍醐味を味わえる試合だった。という訳で猛者日記も1ヶ月半の沈黙を破って復活。

1997年10月28日

10月28日(火)晴

今朝は寒かった。そんな中、今季最後の早朝野球の試合を終えた。やれやれ。