このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

2002年9月17日

新たな一歩。

日朝首脳会談が行われた。
長年、疑惑とされてきた拉致を事実として朝鮮側が認めた。
8人がすでになくなり5人は生きているという。
そんな中で、国交正常化に向け両国が共同宣言のサインをした。
日本の世論はもっぱら残酷だとはやし立てる。
しかし、歴史的に考えれば我が日本はよっぽど残酷なことをしている。
マクロ的に考えればお互い様だ。

多少のハードランディングという感はあるが、残酷な歴史は確実に「過去」のものとなろうとしている。


1999年9月17日

9月17日(金)

すでにオリンピック出場を決めていた野球日本代表だが、今日は韓国に負けてしまった。残念。

1998年9月17日

9月17日(木)曇

、マグワイアとソーサの本塁打王争いが熱い。ご存知、マグワイアが世界新となる62号を放ったが、今は、63号で2人が並んでいる。残り試合も同じくらい。本塁打王を取ったほうが世界記録なので、本塁打王かそうでないかは大きな違いだろう。ただ、この本塁打王争いが歴史に残るものであることは間違いなさそうだ。

1997年9月17日

9月17日(水)曇

明日、最後の試験があるが、持ち込み可でありいまさら勉強しても変わらない試験であるので、ほとんど勉強などせずゴロゴロして1日を過ごす。いよいよ明日で試験ともおさらばだ。成績表が返ってくるのは非常にコワイが・・・。

1999年9月10日

9月10日(金)

友人Iの主催で今日は横浜でコンパ。しかしIの眉毛は濃い。

1996年12月26日

12月26日(木)晴

 いつのまにか、仲間内で恒例になった我が部屋での忘年会すきやき。今年は、総勢7人という大人数になった。今年で3年目。1年目は、フライパンでやった。そして、その後、兄貴の結婚式の引出物ですきやき鍋を入手したのだった。

 秋のソフトボール大会準優勝の商品のビール券2000円分などもあったので、一人当たり900円というリーズナブルなものとなった。満足感大だ。

 もうすでに通常の大学4年間のうちの3年が終わろうとしている。この忘年会すきやきの機会があと1回しかないと思うと残念だ。

1999年7月29日

7月29日(木)晴

なんもなし。

1998年1月 9日

1月9日(金)晴

東京の方は、今朝まで2年ぶりの大雪で今日は交通網などが大混乱だったらしい。テレビは、さかんに危機管理がなってないとか繰り返していた。

たまの大雪で何をそんなに大騒ぎしているんだという気分だ。所詮、2年に1回のことだ。危機でも何でもない。そう思ってたら木村太郎も似たようなことを言っていた。めずらしくあのオヤジに共感したのだった。そうなのだ。2年に1回の大雪に設備投資するより、2年に1回の大雪の日はお休みにしてしまえばいいのだ。

1998年2月27日

2月27日(金)晴

今日は今までうんとこさ来た就職の資料の整理をしていた。それで、ハガキとか書いてたのだけど、会社が星の数ほどありすぎてきりがない。自分なりに絞っているつもりなんだけれど。

1997年6月15日

6月15日(日)曇

朝8時半から今日は、日雇いのバイトだ。昨夜、12時頃にN島、F津などが遊びに来たため寝不足だ。今回のバイトはナゴヤ球場で「模擬店の手伝い」、要するに立食パーティーの食べ物を用意するというものであった。それにしても、今日のバイトはおいしかった。2時半まで1000円×6時間=6000円というバイトなのだが、8時半に会社へ行ってみるといきなり朝食を食べさせてもらう。そして、ナゴヤ球場へ移動後、少し準備をすると、昼食までの1時間ばかり休憩。11時半からの1時間は結構忙しかったのだが、その後はほとんど何もすることなし。1時半から片づけをして会社へ帰り終わりである。

しかも、暇なときはカレーとかうどんとか食い放題状態だ。実働約2時間強。う~ん、こんなんでいいのだろうか。その上、帰りは缶ジュースを6,7本持って帰らせてもらう。社長とその娘さんもいい人だった。今度、学生センターで見かけたら間違いなくまたやらせてもらうことだろう。けど、次のバイトが辛そうだ。

今日のバイトはご存知、去年までドラゴンズの本拠地だったナゴヤ球場だったのだが、訳のわからんソフトボールをしていた。間違いなくもったいない。体がうずいた。あんなソフトボールするなら俺達に試合やらせてくれ。

1997年11月22日

11月22日(土)雨

辰吉が世界王者に復活したらしい。今夜、世界戦があるということは知っていたが、まさか、勝つとは思ってなかったので、全く気にかけていなかった。しかし、数々の壁を迎えながらも、いまだ現役で続けて、しかも世界王者にまで復活した。素晴らしい限りだ。

それにしても、かつては彼の好敵手でありながら、あっさり引退。芸能界入りしたYを最近見かけないなあ。