このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1998年7月 3日

7月3日(金)晴

日は暑かった。名古屋は36度を越えたらしい。そんな中、俺は風邪をひいてしまった。夏風邪っていうのは自分が暑いのか、外界が暑いのか、よくわからなくなり非常に辛い。早く直したいものだ。

ところで、今日、PHSの機体を約1年半ぶりに変えた。Panasonicの着信音も作曲できる奴。知らないうちにPHSも小さくなったもんだ。

1997年7月 3日

7月3日(木)曇

来週は、たてつづけに3個ばかりレポートがある。また、寸前までため込んでしまったが、今日から頑張ろうと思う。

1999年3月22日

3月22日(月)暴風雪

はるばる一晩バスに乗ってスキーに来たものの、今日は大荒れの天気。リフトがほとんど動かない状態であった。そんな状況だから、ほとんどスキーができないまま終ってしまった。まあ、吹雪の中の露天風呂で髪の毛が凍るというめったに経験できないことを経験できたことで満足するか。帰りのバスも帰りのバスで連休最終日のために、渋滞に巻き込まれたし、やや空しい疲れだけを残したのだった。

1998年7月27日

7月27日(月)雨

日までの喧燥がウソのように平穏な一日となった。そういえば、「電子回路」の補講が午前中あったの忘れてた。まいっか。

1996年12月 8日

12月8日(日)晴

 今日の郵便局のバイトは、これでいいのかとおもうほど楽だった。日曜の夜は、郵便物があまり局に到着しないらしい。夜10時から朝6時までの8時間のうち実働2時間強だった。おかげで、塾の学習報告書も書き終えたし、読みかけの野茂の本も読み終わった。これで、しっかり正規の休憩時間の1時間を除く7時間分の給料がもらえるのだから、はっきりいっておいしかった。

 朝、バイトの帰り、牛丼屋に寄るのがすっかり俺の中で定着し始めている。そろそろ、定員にも顔を覚えられてしまったかもしれない。かといって、この時間に開いている食い物屋に心当りはない。

1997年9月29日

9月29日(月)晴

早朝野球の試合のだった。今朝は5対2。個人的にはやっと、守備の感じが戻ってきた感があり、胸をなで下ろした。ただこれからの時期、朝の6時頃というのはサードから見て太陽がもろにホーム方向から出てくる。こいつもまた、難敵である。

このところ、ハマッている「信長の野望将星録」。ついに、武田義信は1599年8月上洛を果たした。そして、1600年7月には征夷大将軍に就任した。しかし、年かかりすぎかなあ。

1998年11月16日

11月16日(月)晴

本のプロ野球のフランチャイズの球場がいつのまにか人工芝の球場ばかりになった。いまでは、人工芝でない球場は甲子園、広島市民、GS神戸のわずか3球場だけである。それ以外はすべて人工芝の球場なのだ。人工芝のメリットは確かに大きい。維持費が安く済む、野球以外にも多目的に使える、などなど。しかし、致命的なデメリットがある。それは、エキサイトなプレーが確実に少なくなるということ。誰が、飛びつくとヤケドするようなところで、率先してエキサイトなプレーが出来ようか。

このことに関連して、共感を覚えるマンガがヤンマガで始まっている。「GrassBreath」というのがソレ。主人公の宇佐見樹は、人工芝の球場では試合に出場しないなどとんでもない契約でプロ入りするというのが、さわりの部分。ちょっと注目だ。

1998年11月18日

11月18日(水)曇

日の研究中間発表のため、昨晩は徹夜。朝方(?)のしし座流星群を大学の屋上で見物した。2時頃、2個ほど生まれて始めて流れ星を確認した。ただ、残念ながら流星「群」とはいかなかった。しかし、寒かった。

中間発表はそれなりに、つつがなく終わった。

1998年12月31日

12月31日(木)晴

晦日ということで行く年98年を振り返ってみた。

1月、高校サッカー、東福岡対帝京戦の雪の中の決勝戦が心に残っている。この決勝戦が象徴するように今年はじめの関東地方は大雪に見舞われることが多かった。実家の富士吉田では1メートルを越す雪が降ったという。

2月には、長野の冬季五輪。161センチと小柄な清水の活躍、4年前の屈辱を晴らしたジャンプの原田などが印象深い。

3月には、大部分の同級生が大学を卒業した。来年こそはちゃんと俺も卒業せねば。

4月、就職活動をボチボチとし始めてみる。いろいろ話を聞いたりする機会が持てて良かった。

5月、就職に関し、プレゼンをしなければならなかったりとにわかに忙しくなった。

6月、日本、念願のワールドカップ出場。しかし、残念ながら3連敗という結果に。まあ、今考えてみればこれで良かったのではないかとおもう。次への楽しみもできたしね。ただ、直前のカズの代表落ちは驚きとともに時代の流れを感じた。就職が無事、情報系某社に内定したのも6月だった。

7月、友人の死。突然の出来事だった。驚きだった。

8月、なんといっても横浜高校の春夏連覇が心に焼き付けられている。準々決勝では延長17回の激闘。準決勝では6点差からの奇跡の逆転サヨナラ劇。決勝ではなんとエース松坂がノーヒットノーラン。こんな心に残る大会は今までなかったしこれからもないのではないだろうかと思う。甲子園で投げ抜いた投手はプロ入りした後、大成しないケースが多いというが、松坂投手には頑張ってほしい。

9月、北朝鮮のミサイル誤射という物騒なニュースが入ったが、中田のセリエA鮮烈デビュー、マグワイアの本塁打記録などスポーツ界は明るかった。

10月、学祭のソフトボール大会では5回目の挑戦にして初優勝。嬉しかった。

11月、33年ぶりというしし座流星群がマスコミをにぎわせた。俺も見ようとしたが2個をやっと確認できただけ。期待はずれだった。おまけにこの日の夜の寒かったこと寒かったこと・・・。

12月、アメリカとイギリスがイラクに空爆。遠くの出来事ではあったが、お隣の北朝鮮のことを考えると他人事とは思えない。

思い返すと、社会は暗いニュースばかり。たまの明るいニュースといえばスポーツ関係だけだった。どこぞのCMではないが来年は「苦」ばかりの1999年ではなく、「いい年」の平成11年であってほしい。

個人的には、大学を卒業し就職する(予定)。なにかと変化の年になるだろうから、頑張っていきたいね。