このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.
記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.
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今日は、午前中、去年の後期に単位を落とした授業の予備試験があった。この試験で合格点が取れれば、今年の授業に出席しなくても単位をもらえるらしい。割と、出来たと思う。
イチローにはぜひ近い将来、大リーグ挑戦してもらいたいね。いっそ、そのまま帰ってくるなとも思ってしまう。オリックスが手放さんだろけど。
脳死判定による臓器移植のニュースだが、今まで日本人は臓器を与えられる側しかありえなかったから気付かなかった一面が、今回見えた。それは臓器移植には与えられる側だけでなく、複雑な心境を抱えながら臓器を与える側があるということ。当初のマスコミの脳死歓迎という報道に対し、ドナー側の家族が不快感を示し、はじめて私もそのことに気付いた。
「脳死は人間の死だ」という考えに私は賛成であり、臓器移植にはもっぱら賛成だった。人間は考える動物であり、考えられなくなってしまったら、もう生きているとは言えない気がするからだ。しかし、だからといって心臓だの肝臓だの中身を全部奪われていってしまうということ・・・、所詮、火葬場で焼かれて灰になってしまうものなのだが、家族の心境を考えると複雑だ。解答なき難しい問題であることは間違いない。ただ、せめて臓器をもらった方がドナーの分まで生きてくれることを願うのみだ。