このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年2月 6日

2月6日(土)曇

夕方まで爆睡してしまった。ここ数日あまり寝てなかったこともあるが、フトンの中があまりに気持ち良くて・・・。研究室行く予定だったけど、今日はヤメにした。

1998年2月 6日

2月6日(金)曇

イチローをキャラクターに据えて「イチロ・ニッサン」と歌ったCM。これは周知だろう。これに対抗して(?)スズキはきたろうをキャラクターに据えて「スズキにきたろう」というCMを展開してきた。う~む、なんだかなあ。イチローときたろう。妙に響きが似てるだけに、なんともその差を感じてしまう。

1997年2月 6日

2月6日(木)晴

 前に起きて、テスト勉強を始めるが、いまいち効率があがらず。明日は、ちゃんとやろうとは思う。

1998年10月31日

10月31日(土)曇

んもなし。明日から11月や。

1998年12月 3日

12月3日(木)曇

イエーのスパイ疑惑事件を受けてではないだろうが、高野連が動いた。以下asahi.comからの抜粋。
高野連、「サインのぞき」の禁止を通達へ
 日本高校野球連盟は3日、大阪市内で常任理事会などを開き、二塁走者や一、三塁コーチが捕手のサインを見て、打者に球種やコースを伝える行為を禁止する方針を決めた。4日に開く全国理事会での審議を経て、同日付で加盟校に通達する予定。

 同連盟では、国際大会で相手国からマナー上の問題として指摘された経験などがあることから、これまで技術振興委員会などで議論を重ねていた。この日の会議でも、「サインをのぞく行為はフェアプレー精神に反する」との意見で一致。加盟校に指導の形で、通達することになった。

 同連盟の田名部和裕事務局長は「二塁走者がサインをのぞく行為は以前から気になっていた。相手のくせや動きによって『読む』行為とは根本的に違う。指導を徹底するための具体策については、さらに検討していきたい」と話している。

この記事を見て、野球をやってきた人であれば、多少の驚きを感じることだろう。日本においては、ある程度のレベル以上では、二塁走者が打者へコースなどを伝えるのは常識に近いからだ。そういう野球を常識として受け取ってきた私は、先日のダイエーの疑惑は選手以外がサインのぞきに関わっている点からモラルに反すると感じたが、この今回の高野連の見解は素直には受け入れがたい。しかし一方で「サインをのぞく行為はフェアプレー精神に反する」という意見も言われれば受け取れなくもない。野球は、これからもっともっと国際的になっていくスポーツ。だからこそ、この方向性は「野球」を「Baseball」に近づけていくために必要なことなのかもしれない。これからは注意しなければ・・・。

1998年4月14日

4月14日(火)曇

れといって何もない1日。

1997年3月 7日

3月7日(金)晴

今日の名古屋の最高気温は20度を超えたらしい。4月下旬並みの陽気だったらしい。確かに、今日は風は暖かかった。このまま、春になりきってしまえばいいのだが、また寒の戻りというのがあるのだろう(こんなことを書いてる自分はじじいのようだ)。

夕方、H瀬君のおごりで回転寿司に行った。正確にいうと「おごり」ではなく、「バイト代」である。ワープロ打ちのバイトである。しかし、原稿用紙30枚というのをちょっと、なめていた。2時間やってやっと2/3が終わった。2000円分食ったとして、時給は約667円か。まあ、MSワードの練習にもなるし、今回は良しとしよう。次回頼まれたときは、もう少し高い条件を提示しようと思う。

1999年5月10日

5月10日(月)晴

集合研修が一通り終り、夕方、いよいよ部門配属となった。とりあえず、自分の希望に近い部署になったので一安心だ。これからやっとはじまりって感じなのかな。

1996年12月24日

12月24日(火)晴

 今日は、クリスマスイブ。彼女いない歴を更新中の俺としては超バッドな夜だ。そんな夜に、郵便局のバイト。炎の5連夜連続の深夜勤、最終日。しかも、特にたるい大物の仕分けをさせられる。最低だ。8時間が果てしなく長く感じた。2時間延長をお願いされるがとてもじゃないが、そんな気分じゃない。

 とにもかくにもあと5日勤務で、炎のバイターと化した12月が終わる。早くコイコイ、お正月。

1999年4月15日

4月15日(木)晴

テレビで巨人広島戦を見た。3対4の広島リードで迎えた9回裏、石井がサヨナラ2ランを放ち巨人が勝った。

しかし、巨人の継投策は明らかに失敗だった。場面は9回表3対1の巨人リードまで戻る。巨人先発・斎藤雅は8回まで好投を続けていた。9回ももちろん続投。普通ならこれで良かっただろう。だが、前日リリーフを失敗している槙原を今後もストッパーとして起用していくのであれば、回の頭から投げさせ、イージーに失敗を返上させてやるべきだった。最低でも二死一、三塁となった場面で投入すべきだっただろう。ところが、槙原は1点差、二死二、三塁というリリーフとしては最も過酷な場面で投入された。そして、安打を許し逆転を許した。動揺した槙原はつづく西山に死球を与え降板した。

ストッパー槙原は連夜のリリーフ失敗で自信を大きく失った。試合には勝ったが、巨人の大きなものを失った。

くしくも、我がドラゴンズは開幕10連勝。未だ135勝ペース。