このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年10月28日

10月28日(木)晴

ドラゴンズは日本シリーズ、1勝4敗に終わってしまった。振り返れば全くドラゴンズのらしさ、いいところを全く見ることができなかった。まさに、そんなシリーズを象徴したのが今日の3回表、一挙6点を取られた回だった。なんでもないピッチャーゴロを野口がエラー、つづいて満塁からショート福留が今シリーズ3個目のエラー(ま、これはいつものことだが・・・)。この後、2点タイムリーを打たれた後、満塁からとどめの井上の走者一掃3点エラーである。この屈辱を必ずや来年晴らしてくれることだろう。

今年のシリーズは優勝決定からダイエー、中日ともに1ヶ月近くもの期間が空いた。この長いブランクが勝負の分かれ目だった。ダイエーはこの期間データをかき集めた。その一端が大胆なダイエーの守備シフト。再三再四このシフトに安打コースをさえぎられた。反面、中日はその長いブランクで試合感を失い最後までその試合感を取り戻すことができなかった。

どちらにせよ、優勝から日本シリーズへのこの長いブランクは問題だろう。まるで、日本シリーズがシーズンの付録のようである。

1998年10月28日

10月28日(水)晴

はじめての論文紹介。無事終わった。やれやれ。やっと今夜はゆっくり寝れそうだ。

ところで、注目のセの新人王。川上に決まった。いつもの年だったら、高橋、坪井、小林幹英、ともに新人王レベルだろう。今後の彼らが楽しみだ。

1997年10月28日

10月28日(火)晴

今朝は寒かった。そんな中、今季最後の早朝野球の試合を終えた。やれやれ。

1997年12月 7日

12月7日(日)曇

昨夜は、S須の家に泊った。小学校から一緒のS須であるが、小・中の頃の話で盛り上がった。そんな彼も今夜から入院。今度の金曜にも手術をする。がっばってくれ。

1997年12月21日

12月21日(日)曇

伊丹十三が昨夜、自殺したらしい。なんでも、明日発売される「FOCUS」に援助交際の疑惑が持たれる写真が載るらしく、遺書には「死をもってしか潔白を証明できない」と書いてあったらしい。しかし、それでは全く逆だ。死んだ人間はもうなにも話ができないから、勝手な事実が先行していくはずなのである。現に、俺は援助交際はあったものと思っている。でなきゃ、どうにもつじつまが合わない。もっとも、テレビの報道によると、遺書にはこう書かれていたが実際の原因は、映画の不調などといったもっと別の所にあると言われているが・・・。

これは、今回の件に限った話ではないのであるが、世間は自殺した人間を擁護するような風潮がある。こういった風潮に俺は断じて反対だ。自殺はそんなにきれいな者ではない。どちらかというと犯罪だ。もっと、犯罪者に近い扱いでもいいのではないかと思う。自殺する人間の苦しみはわからないでもないが、こういった風潮は次なる自殺者を生む。

1997年4月22日

4月22日(火)曇

大学の健康診断を受けてきた。おおむね良好と言ったところだった。しかし、ちょっとは伸びたかなと期待した身長は8ミリ縮んていた。

1997年11月 3日

11月3日(祝)晴

おととい、MYCOMから就職情報の案内のハガキが来たばかりなのに、今日もMYCOMからハガキが届いた。と良く見たらおととい来たのは理系3年対象。今日のは理系4年対象。留年しているとこういうことが少なくない。

1998年6月 2日

6月2日(火)雨

面接に行ってきた。個人面接だけとおもいきや、集団面接→性格検査(?)→個人面接の3本だてだった。午前中だけで終わったけれど、ゲンナリだ。メッキをはがされまくった感じ。特に、プレゼンはイマイチ。それ以外は、終始和やかな感じではあったが、笑顔で不採用なんてこともあるんだろうなぁ。まあ、どちらにしろ、もう採用or不採用を待つだけとなった。

1997年8月17日

8月17日(日)晴

姉貴夫婦と母親らは市原から富士吉田の方へ帰るが僕は直接名古屋へ帰った。途中、電車の窓から見えた千葉マリンスタジアムにひかれ幕張に立ち寄った。別に、なんてことはなかったがキーホルダーを買って帰った。そして、東京駅からは滅多に乗る機会がないのぞみで帰った。

1997年8月11日

8月11日(月)晴

昨夜は朝まで麻雀にこうじた。少し寝て昼から揖斐川でバーベキュー。例年、バーベキューをしていたポイントの河原は増水して川の流域にのまれていたので、バーベキューのポイント探しから始まった。バーベキューは実にうまかった。今年は川の流れが速く、とても泳げる状態でなく、暑さしのぎにつかるのがせいいっぱいだった。