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このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

2002年8月21日

11連休明け

11連休の夏休みを終え、出勤。
安穏と過ごした夏休みとのギャップに苦しみながら、一日を過ごす。
早く社会復帰せにゃあ。

1999年8月21日

8月21日(土)晴

夏の甲子園決勝戦、岡山理大付 対 桐生一 の試合は前日の好ゲームとは一転して一方的なゲームとなり14対1で桐生一が優勝した。桐生一高の優勝の大きな要素は正田投手の好投だろう。どんなときでも飄々と投げる雰囲気はとても好感が持てる。しかし、西武・松坂に似てると思うのは気のせいだろうか?

1998年8月21日

8月21日(金)晴

子園準決勝第1試合、横浜対明徳義塾。横浜の先発マウンドに松坂はいなかった。まあ当然だろう。昨日までの2日間で約400球も投げているのだから。金の卵が潰されなかったことに一安心。試合は8回表終わり、明徳6-0でリード。昨日の死闘で横浜精根尽き果てたかぁ。まあ、俺の心の中だけは横浜の優勝だ。そう諦めたのだが・・・。

明徳義塾 000131010 =6
横  浜 000000043X=7
すごい。すごすぎる。おそるべし、横浜高校。

夕方、高速バスで名古屋へ帰る。バスに乗ること約5時間。やっと、着いた。あ"っ。カギがねぇ。実家に電話にすると、しっかりとカギが実家に置き去りにされているのが確認された。大家とも連絡つかず。今夜は大学の計算機室に泊ることに・・・。

1997年8月21日

8月21日(木)晴

早朝野球があった。恥ずかしながら実に久しぶりのヒットを放った。少しフォームを変えてそれがしっくりきている。いい感じだ。

午後からは、甲子園の決勝戦を観た。平安対智弁和歌山。ミスのほとんどないしまった試合で、実に好試合だった。平安の好左腕川口から、智弁打線がバンドなどの細かい作戦で6点を奪い、智弁が優勝。高校野球らしい結末だった。毎年のことながら甲子園の終わりには夏の終わりを感じさせられる。さびしい気分だ。

1998年10月 4日

10月4日(日)晴

歌山のヒ素カレー事件に関連する事件、保険金詐欺事件の容疑者夫妻が朝方逮捕された。ヒ素カレー事件も一気に解決なるか?そして、日本中でつづく毒物事件の連鎖を断ちきれるか?

ところで、明日、ついに内定式。今夜、入社に関する誓約書に判を押した。いよいよ、半年後には社会人か。ふ~

1999年2月 7日

2月7日(日)晴

卒論締め切りまであと3日。今日も学校へ行く。卒論出したらとりあえず余裕できるかな?

また、今日は愛知県知事選だった。万博推進派の神田氏が当選した。同氏は今後の抱負として「とにかく前進していきたい」と言っていたが、時には後退する勇気を持ってほしい。

1999年3月19日

3月19日(金)雨

実家の富士吉田から名古屋に帰ってきた。新幹線を使って帰ってきたが、途中バスや電車の接続が悪く、5時間半もかかってしまった。やはり遠いなあ。

夜は、俺の送別会ということで親しい友人が集まり飲み会となった。まあ、送別会より飲み会の方がメインなんだけど。皆と会うのはだいぶ久しぶりだった。ほとんどのヤツが社会人になってしまったからね。次にこのメンツがそろうのはいつになるのだろう。

1998年6月12日

6月12日(金)晴

日今日と梅雨の真っ只中なのにいい天気だった。やっぱり、晴れの日は気分がいい。ただ、明日からは天気が崩れてくるらしい。残念。

1998年5月 7日

5月7日(木)雨

殺したhideの葬儀が今日行われたようだが5万人もの人が訪れ大騒動だったようだ。しかし、なんとも謎の自殺だ。

1997年9月20日

9月20日(土)晴

夕方、あまりに暇だったのでS木邸へゲームを借りに行った。借りたのは「信長の野望 将星録」。信長の野望シリーズも久しくやっていなかったが、いつのまにか随分壮大なゲームになったものだ。逆に言えば、とっつきにくくなったのだが・・・。マニュアルをとりあえず一読して、武田信玄で始めた。

それにしても、S木のコレクションはすごい。

1998年6月26日

6月26日(金)曇

勝トーナメント進出の望みは消えていた日本ではあったが、最終戦ジャマイカ戦があった。楽観的な意見が多かったジャマイカ戦ではあったが結果は1対2の負けだった。結局、日本は予選リーグ3敗。得点こそ最終戦で呂比須-中山のベテランコンビでかろうじて得点は挙げたものの勝ち点は挙げられなかった。

今日は終幕したワールドカップフランス大会における日本を総括したいと思う。技術的な面、選手起用などは私が言えるような身分でもないのでとりあえず割愛。

よって精神的な面による総括となるが、はっきり言って日本はモチベーションが不足しすぎていた。明らかに、アルゼンチン、クロアチア、そしてジャマイカさえ終わってみると格上であった。しかし、目に入ってくる日本代表の姿はアジア予選、さらにはJリーグのおけるその姿とさして変わらなかった。負けているのに、城を中心に中田など笑顔を浮かべていた。そんなクールさはワールドカップでは通用する訳もなかった。

そして、岡田監督が当初言っていた「1勝1敗1分」。確かに妥当ではあるが、人間は楽な方向に進んでしまう生き物。目標は70~80%しか達成出来ないという説もある。そんなアホな~と言われながらも「3勝」と言っておくべきではなかっただろうか。

さらに、現在の日本代表のスタッフの問題。確かに有能な人材が集まっていたのかもしれないが、なにぶん、日本は初出場。ワールドカップに対する経験のあるスタッフが欲しかった。例えば、ジーコとか。アジア予選の危機を回避させワールドカップ進出へと導いた岡田監督ではあったが、所詮、まだ代行監督でしかなかったのかもしれない。

名良橋は大会前、「チーム(鹿島)のメンバーには悪いが、ワールドカップで全てを燃やしつくしたい」というようなコメントを残している。まさに、全員が最初から、この意気で臨むべきだっただろう。

ジャマイカ戦、0対2となってから得点を取ろうと選手が全員いきいきと動き出した。そして、次々と決定的なチャンスを奪った。アルゼンチン戦から通じてずっと椅子に座ってどっかり観戦していた私だったが、テレビの前まで乗り出して熱狂した。ついに、中山がワールドカップ日本初得点!。「鮮やか!」ではなかったが気持ちが入った実に素晴らしいシュートだった。

終盤、ワールドカップ初出場した期待の若手・小野も実にいい働きをした。平野も結構良かった。

2002年に楽しみな人材も出てきた。精神的な面、決定力不足(シュートはワクにおさめましょう!)など課題もしっかり露呈された。

最後。中継で「岡田、腹切って詫びろ」とヤジっていた福岡のたわけボケ! じゃあ、お前だったら何が出来るんだ? 勘違い野郎な福岡の君には、雑魚(ザコと読むんだよ)認定書とカス認定書をダブルで送ろう。