このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

2001年3月 4日

3月4日(日)晴

寝た。
そして起きた。
コンプマート行った。
寝た。
起きた。
また寝た。

1999年3月 4日

3月4日(木)晴

俺がここしばらく、卒論発表で世間から取り残されている間の新聞を読み返してみた。世間ではいろいろあったみたいだね。イチローがマリナーズのキャンプに参加していたり、日本で初の脳死判定による臓器移植が行われていたり・・・。

イチローにはぜひ近い将来、大リーグ挑戦してもらいたいね。いっそ、そのまま帰ってくるなとも思ってしまう。オリックスが手放さんだろけど。

脳死判定による臓器移植のニュースだが、今まで日本人は臓器を与えられる側しかありえなかったから気付かなかった一面が、今回見えた。それは臓器移植には与えられる側だけでなく、複雑な心境を抱えながら臓器を与える側があるということ。当初のマスコミの脳死歓迎という報道に対し、ドナー側の家族が不快感を示し、はじめて私もそのことに気付いた。

「脳死は人間の死だ」という考えに私は賛成であり、臓器移植にはもっぱら賛成だった。人間は考える動物であり、考えられなくなってしまったら、もう生きているとは言えない気がするからだ。しかし、だからといって心臓だの肝臓だの中身を全部奪われていってしまうということ・・・、所詮、火葬場で焼かれて灰になってしまうものなのだが、家族の心境を考えると複雑だ。解答なき難しい問題であることは間違いない。ただ、せめて臓器をもらった方がドナーの分まで生きてくれることを願うのみだ。

1998年3月 4日

3月4日(水)晴

今日は、メーカーの某F社と某T社の見学。某F社は建物も奇麗で社員の人も感じ良く対応してくれた。それに対し、某T社はほとんど小学生の社会見学のような内容であった。

1997年3月 4日

3月4日(火)晴

夕方、後期の成績表を取りに行った。2打数1安打である。野球ならまずまずだが、成績がこんなではいけないのである。またS部先生の授業を来年も取らなければならない。結構、出来たようなしてたのだが。

この日記、題名は「猛者日記」と強そうだがなんか、中身は書くこと書くこと気の抜けた内容ばかりだと思う今日このごろ。

1998年5月23日

5月23日(土)晴

日草野球の試合に行く予定があるのでバッティングセンターに行った。土曜の夜ということで、結構込んでいたのだが、小学校に上がるか上がらないかなんだが、とてもきれいなスイングをしている少年がいた。当然力がないので、大した当たりは打てないのだが、少し見入ってしまった。どうも、父親と一緒に来ていたようだが、聞いていると、結構その父親が適切なアドバイスとかしていた。

野球でバッティングに関しては、小さな頃で大部分決まってくるように思う。この少年は将来有望だろう(多分)

2002年9月 2日

謝罪会見。

雪印、日本ハムなど続々と大企業でスキャンダルが明るみに出ているが、今日は東京電力の謝罪会見だ。

しかし、こういった謝罪会見でいつも思うことだが、なんと原稿読んでるだけの会見の多いことか。
原稿見つめながら謝罪されても誰に謝罪しているかわからない。
そのくらいおうちで覚えて来い。

1999年9月30日

9月30日(木)

いにドラゴンズの優勝が決まった。思えばドラゴンズファンになって10年。何度すんでのところでこの「優勝」を逃したことか。なにか熱いものさえこみあげてきた。

今日はフレックスを最大限に使って4時半に仕事を切り上げて同期のS君と神宮にかけつけたが、やはり当日券は売りきれ。頼みのダフ屋も相場が高騰していてあえなくS君の家でテレビで観戦した。先にふがいないことに巨人が負けてしまいその時点で優勝こそ決まってしまったものの、中日も4点差を見事はねかえし逆転勝ち。見事な胴上げ試合だった。

明日はスポーツ新聞買占めだ。

1997年5月16日

5月16日(金)曇

よく「どこどこのだれだれ」と言われるが、こう呼ばれた人であまり大成した人を聞かない。九州のバースと言われた福岡第一高の山之内も結局大成せず、プロを辞めた後、恐喝かなんかで捕まった。台湾のイチローという触れ込みで来日したルイス(巨人)も今は、首の皮が切れる寸前である。所詮、台湾のイチローは台湾のイチローどまり。アジアイチロー選手権をやったら、イチローが優勝するんだろう(ん?強引な論理だ)。

1999年8月16日

8月16日(月)曇

昨夜2時過ぎ名古屋を出発して、10時前くらいに実家の富士吉田に着いた。帰りも一般道で来たが、やはり疲れた。

1998年11月 6日

11月6日(金)曇

近、チェーンメールが流行っている。先月から私のもとへ届いたその手のメール10通あまり。その内容は、「偽ウィルス情報」「当たり屋情報」「2000年問題」「ドラえもんの最終回」など。これで、チェーンメールに興味を持ちいろいろ調べたところ、その他にも「日本海重油流出事故のボランティア募集」「余命幾ばくもない少女救出のための献血のお願い」なんていうのがあるらしい。

ただ、「偽ウィルス情報」は明らかにデマであろうが、他はいちがいにはデマとは言い切れない。逆に「ボランティア募集」「献血のお願い」などは大元としては事実であったことが確認されているらしい。つまり、問題なのは内容の真偽というよりは、不特定多数に不確かな情報のまま、メールが広がってしまうということなのだ。チェーンメールはねずみ算式にそのトラフィックを増やしていき、ネットワークを混乱させるのだ。メールの転送には十分、気を付けなければならない。

1999年2月 6日

2月6日(土)曇

夕方まで爆睡してしまった。ここ数日あまり寝てなかったこともあるが、フトンの中があまりに気持ち良くて・・・。研究室行く予定だったけど、今日はヤメにした。