野茂がアメリカに渡ったのは1995年。
しかし、イチローや松井のようにすっきりした形の渡米ではなかった。
94年オフ、契約交渉にて「複数年契約」「代理人制度」を要求した野茂と近鉄の交渉が決裂。
任意引退選手となりメジャーへ挑戦する運びとなった。
当時としては(今も?)、選手が球団に楯突くことなどご法度。マスコミなどの野茂へのバッシングはそれは壮絶なものだった。
野球解説者の評価も一様に良くなく「無謀」な挑戦という声がほとんどだった。
1年目から、オールスター出場、新人王などという輝かしい結果で払拭したのは周知の通りだろう。
現在、日本人選手がメジャーで活躍することはさして珍しいことではなくなった。
しかし、野茂の存在なくしてそれは実現したかどうか・・・
偉大なる開拓者は今日、メジャー100勝という「通過点」を越えた。
ワークショップがようやくひととおり完成。発表も終ればNPE研修も終了だ。
某H社の人と今日は会った。そして、学科の事務には希望調書も出してきた。就職に関しては、考えれば考えるほどわけわからなくなってくる。
今朝、早朝野球のチームの方の試合があった。打撃は好調のはずだったが、概して、やけに自信がある時に限ってヒットが出ないものだ。三ゴロ、三ゴロそして3打席目はいい当りだったが、ショート正面のゴロ。おまけに、エラーまで1つ記録。朝からちょっとブルーだ。
ここのところ、実験実験に追われる日々だ。ハードウェアの実験のレポートがまだ出来てないのに、今日からソフトウェアの実験が始まった。2日連続で徹夜で今日は猛烈な頭痛。とりあえず、レポート地獄から早く開放されたい。
鈴鹿の小学校で3月下旬、差し入れのケーキに薬物が混入、教師たちが入院や頭痛を訴えていたと言う事件が発覚した。ここで、注目するのが誰が差し入れしたケーキかと言うことだが、今春まで勤務していた女性ということだ。まず、疑われるのはこの女性だろう。事実関係はわかっていないが真相はどうなんだろうか。
いよいよ対クロアチア戦が2日後に迫ってきたが、クロアチアの中心選手・ボバンが怪我で出られないかもしれないと報じられている。また、イランみたいにダマシじゃないやろな。