このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年3月11日

3月11日(木)曇

なんもなし。

1998年3月11日

3月11日(水)雨

最近、東海地方では「東京ラブストーリー」が再放送されている。つい最近のドラマだと思ってよくよく考え直してみると、ちょうど最終回が高校受験の日だったのを覚えているのでもう7年前のドラマだと気付いた。このドラマも今、見直してみるとところどころ古い、しかし懐かしい。

1997年3月11日

3月11日(火)晴

ナゴヤドームを見に行ってきた。横浜から来た友達と見に行ってきたのである。いつも、バイトの通勤途中に遠くからの姿は見ていたが、近くまでいったのは久しぶりだ。

前に近くまで行ったときはまだ、工事現場という感じであったが、今日はあさってオープンということであるのできれいに出来上がっていた。今日は、外側しか見られなかったが、早く中を、そして野球をしているところを見たいものだ。

1999年8月10日

8月10日(火)曇

今日の甲子園第一試合、新湊(富山)対小松(石川)はとんでもない逆転試合となった。新湊は0対5で迎えた9回、一挙5点を挙げ同点。そして延長11回に4点を上げ、見事な逆転勝ちを収めた。小松としては悪夢としかいいようがないだろう。

しかし、その小松高の中でさらに悪夢を味わっていた選手がいた。背番号16で登録されていた谷口選手である。なんとこともあろうにメンバー表へ記入する際に谷口選手と間違えて別の選手を書いてしまったのだ。谷口選手はかろうじてベンチ入りだけは認められたものの試合出場はもとより、コーチ、伝令としてさえも出ることが出来なかった。

すっかり忘れられていた小松高校・谷口君。せめて僕達だけでもしっかり覚えていてあげようではないか。

1997年6月19日

6月19日(木)曇のち雨

今月になって、すでに内外学生センターの斡旋で4日日雇いのバイトをしている。そして、今日、もう2つバイトの紹介をもらってきた。確かに、金欠による必然性なのだが、仕事をして即給料をもらえるというのはわかりやすいので働き甲斐がある。

1997年2月 8日

2月8日(土)晴

 日の寝る間際に電話で学校のコンピュータと接続することがやっとできた。おかげで、明け方までいろいろ試していたら、また明け方に。

 夕方起きたのだが、今日は、テスト勉強はほとんどせず、終わってしまった。明日はちゃんとやろう(と、毎日寝る間際は思うのだが・・・)。

1997年6月 3日

6月3日(火)曇

来週の水曜日から名古屋大学は名大祭がはじまる。ここのところ、名大祭は訳のわからんテーマがつづいている。去年のテーマは「カニ」ではっきりいってただのバカであったし、今年のテーマは「腐った学生、腐った教授」というとても卑屈なテーマだ。そんなテーマをテーマにしようとする君が腐ってるんじゃないの?と言いたくなる。とても大学祭のテーマとは思えないほど屈折したテーマだ。

第一、大学祭のテーマなんてのは脇役でいいんじゃないの?テーマばかりが目立って内容がイマイチな名大祭である。

1997年5月23日

5月23日(金)晴

今週も、1週間が終わった。実に、金曜の夜は清々しい気分だ。明日は、一日雨らしい。せっかくの休みなのに。雨は嫌いだ。

1999年8月 4日

8月4日(水)晴

実家から出張で横浜に来ていた友人とみなとみらいでご飯を食べた。

1997年7月 9日

7月9日(水)雨

日ハムの応援団の低俗さには驚いた。今日は、ナゴヤドームへオリックス日ハム戦をH川、H房たちと観に行った。金がない→外野自由席、オリックス側混んでる→日ハム側へという図式でレフト側外野席に陣取ったのだが、日ハムの応援団の低俗さには本当に呆れた。アホの一言だ。オリックスのレフト田口にメチャメチャ訳のわからんヤジを飛ばしつづけていた。何が楽しいんだろう。

まあ、よっぽど日常生活で嫌なことが多いんであろうことはおおよそ予想できる。日本式の野球の応援は、正直あまり好きでないが今日でまた一段と嫌いになった。特に日ハムの。もう二度と日ハムの応援を球場でするようなことはないだろう。というか今日もしてないけど。

一方、野球の方はイチローのホームランも見れたし、非常に貴重な落合の三盗が見られた。日ハムの応援団さえ存在しなければ、いい試合だった。