このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年7月13日

7月13日(火)雨

コンビニでのオレの立ち読みリストの中に週刊プレイボーイがある。しかし、近所のサークルKはこともあろうにプレイボーイをH本コーナーに置いてるんだよ。プレイボーイはH本じゃないぞ。立ち読みしにくいじゃないか!

1998年7月13日

7月13日(月)曇

日は夕方から、家庭教師Wヘッダがあった。ここ1週間、家庭教師に通い詰めだったが、やっとみている2人とも明日、期末テストが終わる。生徒も一段落だろうが、こっちも一段落だ。

1997年7月13日

7月13日(日)雨

昨日に引き続きダラダラとした一日を過ごす。夕方頃、やっと目覚めた。たまにはいいが、2日連続もこんなことを繰り返すと反省せざるをえない。時は金なりだ。

1998年6月 2日

6月2日(火)雨

接に行ってきた。個人面接だけとおもいきや、集団面接→性格検査(?)→個人面接の3本だてだった。午前中だけで終わったけれど、ゲンナリだ。メッキをはがされまくった感じ。特に、プレゼンはイマイチ。それ以外は、終始和やかな感じではあったが、笑顔で不採用なんてこともあるんだろうなぁ。まあ、どちらにしろ、もう採用or不採用を待つだけとなった。

1999年3月 4日

3月4日(木)晴

俺がここしばらく、卒論発表で世間から取り残されている間の新聞を読み返してみた。世間ではいろいろあったみたいだね。イチローがマリナーズのキャンプに参加していたり、日本で初の脳死判定による臓器移植が行われていたり・・・。

イチローにはぜひ近い将来、大リーグ挑戦してもらいたいね。いっそ、そのまま帰ってくるなとも思ってしまう。オリックスが手放さんだろけど。

脳死判定による臓器移植のニュースだが、今まで日本人は臓器を与えられる側しかありえなかったから気付かなかった一面が、今回見えた。それは臓器移植には与えられる側だけでなく、複雑な心境を抱えながら臓器を与える側があるということ。当初のマスコミの脳死歓迎という報道に対し、ドナー側の家族が不快感を示し、はじめて私もそのことに気付いた。

「脳死は人間の死だ」という考えに私は賛成であり、臓器移植にはもっぱら賛成だった。人間は考える動物であり、考えられなくなってしまったら、もう生きているとは言えない気がするからだ。しかし、だからといって心臓だの肝臓だの中身を全部奪われていってしまうということ・・・、所詮、火葬場で焼かれて灰になってしまうものなのだが、家族の心境を考えると複雑だ。解答なき難しい問題であることは間違いない。ただ、せめて臓器をもらった方がドナーの分まで生きてくれることを願うのみだ。

1998年1月 4日

1月4日(日)雨

実家で壁紙を貼らされた。壁紙を貼るという作業はなんとも面倒くさい。俺のようにマクロな人間には向かない作業だ。

夜は、☆科、F久保、S井、A宮らとカラオケに行った。明日には名古屋へ帰る。

1997年10月 9日

10月9日(木)晴

今朝の名古屋の最低気温はいよいよ10度を切ったらしい。日に日に秋めいていく。さびしい気分だ。ちなみに僕は冬が嫌いだ。

1997年12月24日

12月24日(水)曇

クリスマスイブ。今年は、さみしい男4人による飲み会となった。その後、12時過ぎから麻雀をしたが、ボロ負け。財布の中までさみしくなった。

1997年1月21日

1月21日(火)晴のち曇、夜から雪

 今日は、メチャメチャ風が強く寒い一日だった。夕方6時から塾のバイトがあったのだが、約30分、強い北風を顔面に受けながら自転車をひた走らせながら、何度もう帰ろうと思ったことか。夜10時頃からは雪が降り出した。

1997年2月21日

2月21日(金)晴

 が、異常に強い一日だった。夕方からは、塾講のバイトだったのであるが、その風が向かい風になり、ちょっと泣きが入った。しかも寒かった。

 夜からは、久しぶりの麻雀となった。