このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年3月24日

3月24日(水)曇

今まで3年強バイトしていた塾だが、いい加減なことばかり本当に腹が立つ。今日約束していた給料をもらうことが出来なかった。これがはじめてのことではないのだ。前にバイトしていた塾もいい加減だったが、塾はどこもそんなもんなんやろか。

夜は研究室の追いコンだった。

1998年3月24日

3月24日(火)曇

い。今朝の8時までカラオケをやっていたせいで、結局、1時間程度仮眠しただけ。午後から約束があったり、夕方からは家庭教師があったり、夜は夜でH房家に用事で出かけてまたサターンにややハマってしまったりと寝る暇なし。現在、5時。今から風呂に入り、また10時には起きねば。

1997年3月24日

3月24日(月)晴

風が強かった。その風が異常に冷たかった。軟式野球部の試合だったのだが、本当に寒いわ、風がうっとうしいわでやりにくい日だった。

それにしても、今日の試合はコールド負け。俺達が主力学年だった去年は、守備力が高くコールド負けなどもってのほかだった。ふがいない(自分も含めて)。そういう自分もしっかりエラーをしてしまった。早朝野球の方もあるので、練習しなければ・・・。ちょっと今のチーム状態は負け癖がついているとしか思えない。

1999年1月 1日

1月1日(金)晴

新年1999年を迎えた。昨日、長野経由でノンビリと富士吉田に帰ってきた。そして、M沢邸で年越し麻雀を打つことになった。東風荘住人のO佐野、O俣らと晴れてオフラインで卓を囲むことになったわけだ。1998年までは良かった。第1半荘では+60強と大勝したものの、年を越してからはまるっきり勝てなくなった。結局、トータルでは大敗。こいつは春から縁起がいいや。

1997年1月 7日

1月7日(火)晴

 兄貴が相模原へ転勤になるのだが、その引越を手伝わされた。兄貴は既に家族持ちなので、その引越となると結構大変だ。夕方、その足でそのまま名古屋へ帰った。

1997年4月 7日

4月7日(月)雨

ガスレンジを磨いた。多分、一人暮らしを始めて以来、はじめてだったと思う。つまり、3年分の汚れを磨いたわけだ。いくら、ほとんど自炊していないといっても汚れは確実に増していっていたのだった。

磨いてみてわかったことは、うちのガスレンジももとは、ステンレスの輝かしい色をしていたということだ。最近は、油汚れで完全にくすんでいたので、そのことを気づいたことに感動すら覚えた。明日は、部屋の方を大掃除しようかな。(これ読んだ人はものすごい部屋想像しちゃうだろうな(^_^;))

1998年10月 6日

10月6日(火)晴

夜は結局、幹事のT君宅に泊めてもらい大阪泊。いやあ、お世話になりました。8時半に帰路に着き、名古屋の自分の部屋に着いたのは11時半。大阪は近いようで遠いなあ。

1998年7月20日

7月20日(祝)曇

日、高校野球青森県大会2回戦、東奥義塾が深浦高校を122-0というとんでもないスコアで下すという試合があった。実に東奥義塾は7本塁打含む86安打、76盗塁を記録した。

この122-0というスコアは地方大会も含めて最多得点記録らしい。まあ、すごい記録だと思う人も多いことだろう。

ただこれは、異論のある方もあるかとは思うが、野球という名を借りた「リンチ」である。アメリカ大リーグなどでは、試合の決した試合で、勝っているチームの方は、積極的に攻撃に出ないという。先日も、パ・リーグの試合で外国人投手(誰かは忘れた)が大量リードにもかかわらず、送りバンドを試みてきた近鉄ベンチに激昂したという一件があった。

そんな点からみても、86安打はまだ許す余地があるとしても76盗塁はないのではないだろうか。かつて「松井の5打席連続敬遠」が大問題となったが、そんな問題よりずっとこの「122-0」には問題を含んでいる気がする。

くしくも、今日、東奥義塾は田名部高校というところに3-14という大差で敗れ去った。

1998年9月17日

9月17日(木)曇

、マグワイアとソーサの本塁打王争いが熱い。ご存知、マグワイアが世界新となる62号を放ったが、今は、63号で2人が並んでいる。残り試合も同じくらい。本塁打王を取ったほうが世界記録なので、本塁打王かそうでないかは大きな違いだろう。ただ、この本塁打王争いが歴史に残るものであることは間違いなさそうだ。

1997年3月 5日

3月5日(水)晴

昼間、バッティングセンターに行った。軟式野球部は引退したものの、今年も早朝野球のチームの方は残留することになっているのでその練習である。およそ3ヶ月ぶりにバットを振ったことになるのであるが、一応野球をしていた人とは思えないような空振りを最初の約10球ほどしてしまった。ブランクとは恐ろしいものである。シーズン開幕までもっと練習しなければならないだろう。早朝野球のチームといっても、僕の入っているチームは強者ぞろいである。

夜、塾講師のバイトを終え、家に帰ると、昔の彼女から会いたいとか留守電に入っていた。別れたのはおまえが原因だろという気分だ。おっぽっとこう(これって方言かな?)。