このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年1月12日

1月12日(火)晴

明日、研究の発表。コツコツ研究していれば良かったと思うのは毎度のことだ。今日は徹夜だ。しかし、にわかに体調も悪くなってきた。

1998年1月12日

1月12日(月)雨

午後からM菱電機の工場見学があった。徹夜明けで相当疲れていたがしようがないので、参加した。しかし、いろいろ企業の話を聞けたので良かったと言えば良かった。

1997年1月12日

1月12日(日)晴

 昼から、軟式野球の連盟の総務の仕事で球場の申込に行った。今度の春からは、実質、次の連盟委員が中心となり働くわけだがその受渡ということで、委員長と次期総務との3人で行くことになった。

 仕事を終え、家に帰ってくるとやはり昨日悪化した風邪で調子が悪い。すこし微熱があるようだ。今夜はおとなしく寝ることにした。

1998年6月16日

6月16日(火)晴

になんもなし、今日は。

1997年10月19日

10月19日(日)晴

第2種情報処理技術者の試験があった。テキストの半分くらいしか昨日の段階で終わっていなくて、行きの地下鉄でもやってない部分を流し読みしたりした。半分、あきらめが入っていたが、午前中の知識問題がそこそこ出来て、午後の応用問題が割と出来た。帰りに配っていた答えを照らし合わせた結果、午前中が80問中63問の正答。午後は約30問中3問間違いという結果。2種がすでに受かっている友人の話によると、まあ、大丈夫だろうということだ。ひとまず、安心。2年越しの合格なるか?(初受験だが、過去2回申し込みし損ねている)

夕方、11月から家庭教師に行くことになった家に行ってきた。それなりの普通そうな子だったのでまあ良かった。11月からは週3回家庭教師だ。

そして、夜は日本シリーズ第2戦を見た。ヤクルトの問題児ホージーがいろいろとやらかしてくれた。1回には平凡なレフト前のフライをショートと譲り合うなど3連続でミスを犯して結局、一挙5失点という大量失点をもたらした。そして、6回表4対5で一死満塁の場面で、止めたバットがグリップエンドに当たりキャッチャー前のヒット、同点になるという秘打を見せた。グリップエンドに当ててヒットというのは、漫画「ドガベン」の殿馬がよくやってたが、実際見たのは始めてだ。当然、狙ってやったわけじゃないだろうが。当たった瞬間の驚き様から見ても。この男は映画「メジャーリーグ」あたりに出てきそうな男だ。

1997年10月21日

10月21日(火)晴

昨夜はテツマンだった。最初の3半荘で約-60と大きく負け越したが、後半2半荘で連続トップを取り-12まで復活した。結局、600 の負けで済んだ。

今日はその後、1~4限まで授業があった。が、午前中の授業は出たものの午後は自主休講とさせてもらった。

1997年6月30日

6月30日(月)晴

今朝は早朝から野球の試合があった。昨夜は、交通量調査のバイトなどで遅かったので、ほとんど寝れなかった。その前の日もあまり寝てなかったので、2、3限の授業は本当に眠かった。そして、さらに授業が終わり家に帰ると夜まで爆睡したのだった。

1999年2月 1日

2月1日(月)曇

先週末、教授に提出していた卒業論文第一稿。真っ赤になって返ってきた。課題も新たに増えた。卒論締め切りまであと9日。ふ~

1997年3月 4日

3月4日(火)晴

夕方、後期の成績表を取りに行った。2打数1安打である。野球ならまずまずだが、成績がこんなではいけないのである。またS部先生の授業を来年も取らなければならない。結構、出来たようなしてたのだが。

この日記、題名は「猛者日記」と強そうだがなんか、中身は書くこと書くこと気の抜けた内容ばかりだと思う今日このごろ。

1997年12月 9日

12月9日(火)曇

来年からプロ野球を退団した選手がその後、社会人野球でプレーできることになった。その昔、社会人の有力選手をシーズン途中で引き抜いたという「柳川事件」以来、あった壁が一部取り払われたのである。これまで、日本の野球界はプロとアマチュアで非常に厚い壁があった。その壁がすこしずつ取り払われていくことは、良い傾向であると思う。

プロとアマチュアの交流という点では、サッカーは面白い。その象徴的なものが今、開催されている「天皇杯」だ。Jリーグのチームはもちろん、JFL、大学、そして高校生のチームまでもが同じ土俵で戦う。なかなか下剋上は難しいようだが、高校生のチームがもしかしたらJリーグのチームに挑戦しうることに十分な価値がある。

野球でこの「天皇杯」のような大会が実現できたら、どんなに面白いことだろう。桑田、清原のいたPL学園と当時最弱だったヤクルトの対決など見てみたかった。ただ、野球の場合は使用バットの違いなどもあり、まだまだ実現は苦しいかなと思う。