このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年7月22日

7月22日(木)曇

全国一千万人のプロ野球ファンが田中俊幸一塁審判員の誤審を目撃した。東京ドームの巨人対中日戦。8回裏、マルチネスの打った飛球はフラフラとライト前方へ・・・、これを中日ライト・井上が地面すれすれで好捕した。ところがこれを審判はワンバウンド捕球と判定。星野監督が猛烈抗議をしたが、当然ながら判定はくつがえらなかった。いや、本当に当然なのだろうか。「当然」アウトであるところを、「当然」セーフにしていいのだろうか。中日は4点をリードしていたが、流れからして勝敗をくつがえしかねない誤審であった。際どいプレーにはVTRでの判定を導入する、そういったことをしてもいいんじゃなかろうか。

1998年7月22日

7月22日(水)晴

日、「伝送と符号理論」の試験がある。必修科目なので絶対落すことが出来ない。今夜は徹夜だ。

1997年7月22日

7月22日(火)晴

午後から、実験班で集まりまだ未完成のコンパイラ制作にとりかかった。今日は、手続きの値受け渡しの機能の拡張に夜までかかった。が、とりあえず機能を実現した。明日は、配列への対応からとりかかることになる。

1997年4月12日

4月12日(土)晴

日夜、飲みすぎたために朝は二日酔いだった。昨日は知り合いのI井さんが名古屋に出張に来ていてごちそうになっていたのだ。いつも、名古屋に来る時にはごちそうしてもらっているのだ。午前中は、野球の練習に行ってきた。さすがに、二日酔いで野球はつらかった。

午後から野球の連中とボウリングに行ったのだが、スコア的には120、94という結果だった。うーん、最近アベレージが確実に下がっている。一昔前はアベレージは130くらいはあったのだが、最近は100さえいったりいかなかったりだ。老化か?

1997年6月 1日

6月1日(日)晴

日雇いのバイトだった。100円均一の商品の販売・整理のバイト。朝10時から夕方5時、休憩60分の実働6時間で6500円だ。確かに、体力的には疲れたがレジ以外の品出しなどは特にノルマとかがあるわけではない。昼過ぎの時間帯には長蛇の列がレジに出来て、レジは大変そうであったが、無論経験のない日雇いのバイトはそういう時はレジには入らない。今までやった日雇いのバイトみたいに男ばかりのむさくるしいバイトでもなかったし、結構おいしいバイトであった。また、学生センターで募集を見かけたらやってもいい。ただ、交通費も食費も込み込みなのと通勤に地下鉄で30分以上かかるのは残念だけどね。まあ、そこまで言ったらただの贅沢だろう。

1999年2月11日

2月11日(木)雨

今朝は8時に起きた。学校に行って一仕事する予定だったが、再び力尽きて起きたら夕方だった・・・。

1998年12月 1日

12月1日(火)曇

日、急遽バイトがキャンセルになり暇になったので、「踊る大捜査線 THE MOVIE」を観てきた。感想としては良かった。さすがは、このところ、映画ランキング1位を走っているだけはある。ただ、テレビの伏線により良かったと思うところは多分にあり、テレビ版を観てない人が観て果たして同じような感想を持つかどうかは疑問ではある。あらかじめ、予習は必要かもしれない。

1998年2月26日

2月26日(木)曇

寝た。泥のように寝た。前夜12時から今日の夕方5時まで17時間。家庭教師のバイトがなければまだまだ寝ていただろう。こんなことができるのも学生のうちだけだろう。

1997年4月 2日

4月2日(水)曇のち雨

今日も、野球部の試合に行ってきた。一応、引退した身だが、これで、この春6試合目のベンチ入りだ。しかし、ある意味余裕を持って野球ができるので楽しいといえば楽しいのである。

試合の方は、中京大に0-1で敗れた。スコアこそ接戦だが、ほとんど手も足も出ない0点だった。ただ唯一最終回、T田の右中間への長打により、ホームでのクロスプレーがあった。K光の足がもっとはやければ同点だったのだが・・・。エキサイティングな最後だった。

1998年12月18日

12月18日(金)晴

在、タイ・バンコクでは盛大にアジア大会が開かれている。このなかで、16日の新聞に奇妙なルールの記事を見つけた。3位なのに銅メダルをもらえなかったという記事だ。この理由は、アジア・オリンピック評議会(OCA)に1カ国でメダルを独占しないという憲章があるためである。そのため、1-3位を同じ国で独占すると、3位の選手は銅メダルをもらえないらしい。

なんとなく、この憲章のいわんとするところはわからないでもない。ただ、そんな形で3位なのに銅メダルをもらえない選手、4位なのに銅メダルをもらう選手はどんな気持ちなのだろうか。3位の選手にしてみればなぜもらえないんだという気持ちであろうし、4位の選手にしてみてもその銅メダルに何の意味があるのだろうか。この憲章は国単位のことしか考えておらず、まるで選手単位のことは無視されてる悪法と言っていいだろう。

さらに問題なのは、このアジア大会におきこの規定が不統一であるということ。ボウリング女子、アーチェリー女子個人では「1カ国でメダルを独占しない」というOCAの規定が適用されたのに対し、馬術の馬場馬術個人では韓国選手が1-3位を占めたが、独占を認めている国際競技連盟(IF)の規定によりそのままメダリストとして表彰された。