このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年8月16日

8月16日(月)曇

昨夜2時過ぎ名古屋を出発して、10時前くらいに実家の富士吉田に着いた。帰りも一般道で来たが、やはり疲れた。

1998年8月16日

8月16日(日)曇

速バスで実家・富士吉田へ帰省。道は結構、込んでいたが、バスの中はすきすき。2シートを使って寝ながら、昼過ぎに富士吉田に到着した。う~ん、やはり実家は涼しいなぁ。湿気がなくて快適だ。夏は大変いいところだ。

ところで、甲子園今日の第3試合、豊田大谷対宇部商の一戦は延長15回の熱戦。結末はなんと宇部商・藤田投手のボークで豊田大谷サヨナラ勝ち。なんとも藤田投手はかわいそうである。しかし、「非情な審判」とまで言っていた人がいたが、これはおかしな話。ルールなのだから「審判」の方が当然、正しい。

1997年8月16日

8月16日(土)晴

鴨川シーワールドへと今日は出かけた。同じ房総半島でも東京湾側の市原の海に対し、太平洋側の鴨川の海は青く非常にきれいだった。シーワールドのシャチのショーも迫力満点でなかなかだった。

1998年8月20日

8月20日(木)晴

子園準々決勝第1試合、横浜対PL学園。春の準決勝にもあったこの対決、その時は横浜が逆転勝ちで勝っている。事実上の決勝戦と思われる対決。朝8時30分からの試合であったが、早起き(?)して観戦した。この試合は想像を越える、そして球史に残る好ゲームとなった・・・。

横  浜 000 220 010 010 000 12=9
PL学園 030 100 100 010 000 10=7
	(延長17回)
両チーム一進一退の試合となった。3時間37分の死闘。試合が終わると観戦している俺までも熱いものが込み上げた。横浜の春夏連覇説が大いにささやかれる中、ベスト8敗退説を戦前から唱えていたが、脱帽だ。もうこりゃ連覇でしょ。しかし、横浜エース・松坂は17回を投げ抜き250球を投じた。それだけが不安材料。

1996年11月17日

11月17日(日)曇

 朝方まで飲んでいた。それから寝て、昼過ぎ英会話スクールに行くため起きた。英会話スクールに行った後、今日知り合った友達と噂のナディアパークに行くことになった。予想はしていたが、ものすごい人だ。なんと、建物に入るために行列が出来ているのだ。その行列も半端じゃなく長い。30分待ちというのもどうやらただの噂ではないらしい。こんな列に並ぶほど暇じゃない。今日は帰ることにした。

2000年8月17日

8月17日(木)晴

ドラゴンズファンの半分ひがみを込めて今日は書きたい。

こんな野球で果たしてGファンは面白いのだろうか。 今日の巨人阪神戦。 0-3の阪神リードで迎えた8回、巨人は清水隆行の3ラン、江藤智の勝ち越しソロと連続 本塁打であっさり逆転。 そのまま、勝ってしまった。

ま、確かに強いわな。 だけど、面白い野球ではないと思う。わかりやすい野球ではあるけど。 自分は野球の一番の醍醐味はアウトかセーフかのクロスプレーの野球だと思う。 一、二塁からのダブルスチール、満塁走者一掃の三塁打などなど・・・。

どーも、ホームラン野球ってのはきな臭い。特に巨人がやると。 ま、数年前まで狭いナゴヤ球場で似たような野球をやってたのはDだけど。 以上、ボヤキ終了。



1999年3月 9日

3月9日(火)雨

ここのところ、日替わりで天気が変わるなあ。今朝は起きると、外は曇り空。曇りの日はなんか気分が重い。

1998年5月10日

5月10日(日)曇

南電機のあの宮地社長が昨日朝、お亡くなりになったらしい。ご冥福をお祈りしたい。これから、城南電機はどうなっていくんだろう。まあ、あまり興味はない。

1997年11月16日

11月16日(日)晴

やったああああ、つ、ついに日本サッカーがワールドカップに出場だあ!!!正直、俺がこのことにこんなにも喜ぶとは思わなかったが、N島、F津、E原らの悪友とともに、肩を抱き合って喜び合った。うおう。うれしい!!!

しかし、このイラン戦。日本がワールドカップ初出場を決めたのみならず、いろいろな意味を持つ試合となった。今まで、数年の間、日本のエースとしてフル出場していたカズの途中交代。そして、その時点で1-2と負けていた日本は代わった城の同点ゴール。そして、延長後半でやっとこさ決まった、やはり途中出場の岡野のVゴール。カズはいなくとも十分な試合運びをした。

カズの時代は終わったのだろう。貴乃花に負けた千代の富士に似たものがある。そして、時代は中田中心の時代へ?!

とにもかくにもこの試合、岡田監督の采配はズバリと決まっていた。岡田監督はやはり名監督なのだろうか。それとも、ただの幸運か。人材起用を的確に捉えていることだけは確かだろう。

う~ん、良かった。ワールドカップでもどうぞ頑張ってくれ(正直そっちの方はどうでもいい)。

1998年3月 8日

3月8日(日)晴

久々に1日のんびり過ごした。昼の1時半に起きると、案の定、全身筋肉痛。あらためて、運動不足を痛感した。

そして、起きてからはホームページ改造に大量の時間を費やした。だいぶ自己満足なホームページになった気がする。なんせメニュー項目をそれぞれイメージにしちゃったからね。だいぶ重くなってしまったかな。まあ、気にするほどのものではないと思っているんだけど。

夕飯は家の近所の弁当屋で済ましたのだけど、いつもは、注文して1、2分で出来上がるところを、今日は5分以上待たされた。けど、おかげで唐揚げもコロッケも揚げたてでうまかった。素材を作りだめしているタイプの弁当屋は、買う時間帯によってだいぶ味が変わってくる。ちなみに今日は閉店30分前だった。