このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.
記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.
このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.
記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.
と、いっても、明日午前中から実家の方で法事があるので、今日中に帰らにゃならん。必死で帰還した。やっと、家に着くと、2日酔いによる頭痛をかみ殺しながら甥の隼人と遊んだ。正月に会った時にはやっと歩けるかどうかといったところだったが、もうしっかり歩けるようになっていた。
夜、金曜夜の恒例になってきた感のあるボウリングに行く。H房とH川とで行ったのだが、今日は3人ともすたすただった。6ゲーム×3人で1回も150を超えなかった。
ところで、明日の午後あたりからまた台風が来るらしい。今年は台風の当たり年のようだ。どうも日曜の交通量調査のバイトは順延になりそうな気配。うっとうしい。
それはさておき、夜、高校の同級生が家に来て泊まっていった。酒飲んで、いろいろと語り合った。
イチローにはぜひ近い将来、大リーグ挑戦してもらいたいね。いっそ、そのまま帰ってくるなとも思ってしまう。オリックスが手放さんだろけど。
脳死判定による臓器移植のニュースだが、今まで日本人は臓器を与えられる側しかありえなかったから気付かなかった一面が、今回見えた。それは臓器移植には与えられる側だけでなく、複雑な心境を抱えながら臓器を与える側があるということ。当初のマスコミの脳死歓迎という報道に対し、ドナー側の家族が不快感を示し、はじめて私もそのことに気付いた。
「脳死は人間の死だ」という考えに私は賛成であり、臓器移植にはもっぱら賛成だった。人間は考える動物であり、考えられなくなってしまったら、もう生きているとは言えない気がするからだ。しかし、だからといって心臓だの肝臓だの中身を全部奪われていってしまうということ・・・、所詮、火葬場で焼かれて灰になってしまうものなのだが、家族の心境を考えると複雑だ。解答なき難しい問題であることは間違いない。ただ、せめて臓器をもらった方がドナーの分まで生きてくれることを願うのみだ。