このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年4月 5日

4月5日(月)曇

海の方までドライブしてきた。こうして車で行ってみると海まであっという間だ。午後からは、まだたっぷり残っている引越しの荷物の整理をしようと思ったのだけれど、昨日までの疲れがあったのか、ベッドに横になると夜まで熟睡してしまった。

1998年4月 5日

4月5日(日)晴

夜はF津、I貫と飲んだ。飲んだ理由ではないが昨日は俺の、今日はI貫の(ちなみにおとといは巨人・高橋の)23才の誕生日である。いつのまにか23才。笑えてくる。

1997年4月 5日

4月5日(土)雨

今日は、個人的に早朝野球の試合、軟式野球部の試合とWヘッダーが組み込まれていたが、残念ながら雨模様。一日、家でなにをするともなく過ごすことになった。

昼は甲子園を見ていたのだが、やはり甲子園も雨で、とんでもない状況でやっていた。負けて最後、甲子園の土を持って帰る選手たちもほとんど甲子園の土でなく、甲子園の泥といった方が良かっただろう。それにしても、久々に愛知の古豪、中京がベスト4へ進んだ。注目だ。

1998年8月16日

8月16日(日)曇

速バスで実家・富士吉田へ帰省。道は結構、込んでいたが、バスの中はすきすき。2シートを使って寝ながら、昼過ぎに富士吉田に到着した。う~ん、やはり実家は涼しいなぁ。湿気がなくて快適だ。夏は大変いいところだ。

ところで、甲子園今日の第3試合、豊田大谷対宇部商の一戦は延長15回の熱戦。結末はなんと宇部商・藤田投手のボークで豊田大谷サヨナラ勝ち。なんとも藤田投手はかわいそうである。しかし、「非情な審判」とまで言っていた人がいたが、これはおかしな話。ルールなのだから「審判」の方が当然、正しい。

1997年7月23日

7月23日(水)晴

今日も昨日に引き続き実験班で集まりまだ未完成のコンパイラ制作にとりかかった。今日は、配列変数への拡張にとりかかる。そして、夜に完了。あとは、関数とforwardの拡張で終わりだ。それを終えて、レポート書いたらやっと夏休みが来る。

あと、日曜日、すっぽかされたバイト先から電話があり、給料はくれるのだという。まあ、当然といえば当然であろう。相手の都合で勝手に来れなかったのだから。けど、何も働いてないのに給料Getとはちょっとラッキー。日曜の怒りはほぼ消えた。

1999年7月19日

7月19日(月)曇

夕方までH野宅で世話になった後、夕方はS木と焼肉食い放題に行った。ヤツの焼肉食い放題好きは相変わらずだった。その後、S木とビリヤードをしつつ、バイトだったH野、M田さんらと合流。朝方まで麻雀した。次回までにH野&M田さんの麻雀力が上がってることを望む。そうすれば、夏目さんくらい賭けられるんだよね。

1998年4月14日

4月14日(火)曇

れといって何もない1日。

1998年12月 1日

12月1日(火)曇

日、急遽バイトがキャンセルになり暇になったので、「踊る大捜査線 THE MOVIE」を観てきた。感想としては良かった。さすがは、このところ、映画ランキング1位を走っているだけはある。ただ、テレビの伏線により良かったと思うところは多分にあり、テレビ版を観てない人が観て果たして同じような感想を持つかどうかは疑問ではある。あらかじめ、予習は必要かもしれない。

1997年10月30日

10月30日(木)晴

昨晩、ウチのパソコンにInternet Explorer4.0を入れた。う~む、なるほど、Windows97といった感じだ。アクティブデスクトップなどで見た目は全く変わった。しかし、これでウチのパソコンのハードディスクがますます危機的状況に陥った。

1998年6月26日

6月26日(金)曇

勝トーナメント進出の望みは消えていた日本ではあったが、最終戦ジャマイカ戦があった。楽観的な意見が多かったジャマイカ戦ではあったが結果は1対2の負けだった。結局、日本は予選リーグ3敗。得点こそ最終戦で呂比須-中山のベテランコンビでかろうじて得点は挙げたものの勝ち点は挙げられなかった。

今日は終幕したワールドカップフランス大会における日本を総括したいと思う。技術的な面、選手起用などは私が言えるような身分でもないのでとりあえず割愛。

よって精神的な面による総括となるが、はっきり言って日本はモチベーションが不足しすぎていた。明らかに、アルゼンチン、クロアチア、そしてジャマイカさえ終わってみると格上であった。しかし、目に入ってくる日本代表の姿はアジア予選、さらにはJリーグのおけるその姿とさして変わらなかった。負けているのに、城を中心に中田など笑顔を浮かべていた。そんなクールさはワールドカップでは通用する訳もなかった。

そして、岡田監督が当初言っていた「1勝1敗1分」。確かに妥当ではあるが、人間は楽な方向に進んでしまう生き物。目標は70~80%しか達成出来ないという説もある。そんなアホな~と言われながらも「3勝」と言っておくべきではなかっただろうか。

さらに、現在の日本代表のスタッフの問題。確かに有能な人材が集まっていたのかもしれないが、なにぶん、日本は初出場。ワールドカップに対する経験のあるスタッフが欲しかった。例えば、ジーコとか。アジア予選の危機を回避させワールドカップ進出へと導いた岡田監督ではあったが、所詮、まだ代行監督でしかなかったのかもしれない。

名良橋は大会前、「チーム(鹿島)のメンバーには悪いが、ワールドカップで全てを燃やしつくしたい」というようなコメントを残している。まさに、全員が最初から、この意気で臨むべきだっただろう。

ジャマイカ戦、0対2となってから得点を取ろうと選手が全員いきいきと動き出した。そして、次々と決定的なチャンスを奪った。アルゼンチン戦から通じてずっと椅子に座ってどっかり観戦していた私だったが、テレビの前まで乗り出して熱狂した。ついに、中山がワールドカップ日本初得点!。「鮮やか!」ではなかったが気持ちが入った実に素晴らしいシュートだった。

終盤、ワールドカップ初出場した期待の若手・小野も実にいい働きをした。平野も結構良かった。

2002年に楽しみな人材も出てきた。精神的な面、決定力不足(シュートはワクにおさめましょう!)など課題もしっかり露呈された。

最後。中継で「岡田、腹切って詫びろ」とヤジっていた福岡のたわけボケ! じゃあ、お前だったら何が出来るんだ? 勘違い野郎な福岡の君には、雑魚(ザコと読むんだよ)認定書とカス認定書をダブルで送ろう。