このサイトについて

このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.

記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.

1999年2月13日

2月13日(土)晴

昨日までの慢性的な睡眠不足に加え、外界は今年一番という寒波で極寒。こんな状況では布団から出られるはずもなく、一日、泥のように眠った。

1998年2月13日

2月13日(金)晴

いや~、今日は暖かかった。聞く所によると、桜が満開になる頃の陽気だったらしい。これだけ暖かいと体のキレも増すっちゅうもんだ。このまま、暖かくなればいいんだろうけどそうは甘くはないだろう。本当~に寒いのは嫌いだ。

1997年2月13日

2月13日(木)晴

 いに、後期試験が終わった。といってもテストは2つだけだったが、晴れて春休みである。春休みはなにかバイトでも探して稼いでおこうと思っている。

 明日は、バレンタインであるが今日、お義理のチョコを家庭教師先のお母さんと友達のSからもらった。今年も、お義理のチョコしかもらえそうにない。来年は、本命チョコをもらいたいところだ。

1997年10月 7日

10月7日(火)曇

大矢監督の男泣きには、正直もらい泣きしかけた。昨夜の横浜スタジアム最終戦、見事18年ぶりの2位に横浜を導き、しかし今季限りで辞める大矢監督が選手たちに胴上げされるところで見せた男の涙である。けれど、どうして大矢監督は辞めるのか、僕の中ではかなり大きな疑問だ。

今日は、午前中、去年の後期に単位を落とした授業の予備試験があった。この試験で合格点が取れれば、今年の授業に出席しなくても単位をもらえるらしい。割と、出来たと思う。

1997年9月 4日

9月4日(木)晴

昼過ぎにやっと目覚めた。今日こそはミッチリ試験勉強をしようと思うが、夕方からは家庭教師のバイトなどもあり大して出来なかった。ちょっとは焦らないといけない立場なんだろうが。明日は朝から図書館へ行こうと思う。

1999年1月 9日

1月9日(土)雪

昨夜から降り始めた雪が今朝にはだいぶ積もっていた。名古屋でも10センチの積雪を記録。その後、断続的に降りつづけた雪は夕方、やんだものの夜になりまた降り始めた。名古屋に来て5年目、ここまで降ったのははじめてかもしれないな。しかし、この歳になっても雪はなんだかワクワクする。

1998年2月27日

2月27日(金)晴

今日は今までうんとこさ来た就職の資料の整理をしていた。それで、ハガキとか書いてたのだけど、会社が星の数ほどありすぎてきりがない。自分なりに絞っているつもりなんだけれど。

1999年3月18日

3月18日(木)晴

昼、甥や姪などが勢ぞろいして飯を食った。さすがに子供が3人もそろうと大騒ぎだ。

1997年7月10日

7月10日(木)雨

昨日は疲れた。徹夜でレポートを完成させ、寝ずにナイターを観に行った。家に帰ると、そのまま眠りに入った。昼前まで、まったく熟睡していた。あやうく午後からの実験までブッちぎるとこだった。

1998年6月26日

6月26日(金)曇

勝トーナメント進出の望みは消えていた日本ではあったが、最終戦ジャマイカ戦があった。楽観的な意見が多かったジャマイカ戦ではあったが結果は1対2の負けだった。結局、日本は予選リーグ3敗。得点こそ最終戦で呂比須-中山のベテランコンビでかろうじて得点は挙げたものの勝ち点は挙げられなかった。

今日は終幕したワールドカップフランス大会における日本を総括したいと思う。技術的な面、選手起用などは私が言えるような身分でもないのでとりあえず割愛。

よって精神的な面による総括となるが、はっきり言って日本はモチベーションが不足しすぎていた。明らかに、アルゼンチン、クロアチア、そしてジャマイカさえ終わってみると格上であった。しかし、目に入ってくる日本代表の姿はアジア予選、さらにはJリーグのおけるその姿とさして変わらなかった。負けているのに、城を中心に中田など笑顔を浮かべていた。そんなクールさはワールドカップでは通用する訳もなかった。

そして、岡田監督が当初言っていた「1勝1敗1分」。確かに妥当ではあるが、人間は楽な方向に進んでしまう生き物。目標は70~80%しか達成出来ないという説もある。そんなアホな~と言われながらも「3勝」と言っておくべきではなかっただろうか。

さらに、現在の日本代表のスタッフの問題。確かに有能な人材が集まっていたのかもしれないが、なにぶん、日本は初出場。ワールドカップに対する経験のあるスタッフが欲しかった。例えば、ジーコとか。アジア予選の危機を回避させワールドカップ進出へと導いた岡田監督ではあったが、所詮、まだ代行監督でしかなかったのかもしれない。

名良橋は大会前、「チーム(鹿島)のメンバーには悪いが、ワールドカップで全てを燃やしつくしたい」というようなコメントを残している。まさに、全員が最初から、この意気で臨むべきだっただろう。

ジャマイカ戦、0対2となってから得点を取ろうと選手が全員いきいきと動き出した。そして、次々と決定的なチャンスを奪った。アルゼンチン戦から通じてずっと椅子に座ってどっかり観戦していた私だったが、テレビの前まで乗り出して熱狂した。ついに、中山がワールドカップ日本初得点!。「鮮やか!」ではなかったが気持ちが入った実に素晴らしいシュートだった。

終盤、ワールドカップ初出場した期待の若手・小野も実にいい働きをした。平野も結構良かった。

2002年に楽しみな人材も出てきた。精神的な面、決定力不足(シュートはワクにおさめましょう!)など課題もしっかり露呈された。

最後。中継で「岡田、腹切って詫びろ」とヤジっていた福岡のたわけボケ! じゃあ、お前だったら何が出来るんだ? 勘違い野郎な福岡の君には、雑魚(ザコと読むんだよ)認定書とカス認定書をダブルで送ろう。