このサイトは,1996年より2003年まで連載(?)され,sanadas.net 本日のコラム。の前身にあたる,猛者日記,旧・本日のコラム。をブログとして復刻したものである.
記事の追加はされないがトップページの記事は定期的に変化する.
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しかし、その小松高の中でさらに悪夢を味わっていた選手がいた。背番号16で登録されていた谷口選手である。なんとこともあろうにメンバー表へ記入する際に谷口選手と間違えて別の選手を書いてしまったのだ。谷口選手はかろうじてベンチ入りだけは認められたものの試合出場はもとより、コーチ、伝令としてさえも出ることが出来なかった。
すっかり忘れられていた小松高校・谷口君。せめて僕達だけでもしっかり覚えていてあげようではないか。
それは、少年野球の校区大会のことだった。1回戦、我が竜ヶ丘はガチガチの優勝候補旭町と運悪く激突。案の定、1対6の劣勢であったが、私の満塁本塁打(悲しいことにこんなことはこの時以来ない)などで奇跡の逆転勝ち、死闘を7対6の勝利でおさめた。間違いなくこの時点で我がチームが優勝候補の1番手に成り上がった訳だが・・・。
次の試合は、なんと10分後。今、考えれば、んなアホなということだが、それがまかりとおっていた(現在、どういう状況で行われているかは知らない)。しかも、相手の幸町は不戦勝でそれが1戦目である。結果は0対15の惨敗。この結果はあたりまえの結果だ。2試合も連続で実力を発揮できるほど、小学生に体力があるはずがない。当時投手だった俺は、半泣きしながら連投したのを覚えている(しかも、当時好きだった女の子が見てたんだなこれが)。
この話は小6の時の話だが、小5の時も似たような状況で決勝で敗れ準優勝に終わっている。ふと、今夜、思い出した話だが、今でも思い出すと悔しくなるエピソードである。
夜は飲んで麻雀して・・・。久しぶりに長い夜だった。
夕方から、横浜のO俣やCカンに会い、みなとみらいや中華街に行った。2人ともありがと~。最終ののぞみで帰還した。