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偉大なる開拓者

野茂がアメリカに渡ったのは1995年。
しかし、イチローや松井のようにすっきりした形の渡米ではなかった。
94年オフ、契約交渉にて「複数年契約」「代理人制度」を要求した野茂と近鉄の交渉が決裂。
任意引退選手となりメジャーへ挑戦する運びとなった。
当時としては(今も?)、選手が球団に楯突くことなどご法度。マスコミなどの野茂へのバッシングはそれは壮絶なものだった。
野球解説者の評価も一様に良くなく「無謀」な挑戦という声がほとんどだった。
1年目から、オールスター出場、新人王などという輝かしい結果で払拭したのは周知の通りだろう。

現在、日本人選手がメジャーで活躍することはさして珍しいことではなくなった。
しかし、野茂の存在なくしてそれは実現したかどうか・・・

偉大なる開拓者は今日、メジャー100勝という「通過点」を越えた。